水納島の魚たち

テンクロスジギンポ

全長 10cm

 笑顔の可愛さでは、ミナミギンポに勝るとも劣らぬ微笑男爵がこのテンクロスジギンポだ。

 ミナミギンポと同じく、彼らはなにげない岩肌に開いた穴を隠れ家にしていて、そこからピョコッと顔を出しては、あたりをニコニコと眺めている。

 彼はいつも、どこにいても、とにかく笑っているのだ。

 その笑みに隠されたヒミツも、やはりミナミギンポ同様だ。

 なかにはダイバーをもあざむいている気でいる子もいる。

 ダイバーが巣穴の前を通り過ぎるまで無関心を装いつつ、通り過ぎて後ろを見せるやいなや、素早く背後に回ってフィンなどを囓ろうとするテンクロスジギンポ。

 当然ながら、彼の牙をもってしても、フィンを食べることはできないけれど。

 若魚だと、2〜3匹でダイバーの周辺をうろついていることもある。

 それはけっしてフレンドリーなのではなく、隙あらばどこかを囓ってやろうという、虎視眈々状態にほかならない。

 そうやって全身を出している時の彼は、こんな感じ。

 体をみると、「点黒筋」という名前の由来がよくわかる。

 上の写真ではたたんでいる腹ビレ、ときおりピョッと出してくれるのだけど、それがまるでティラノサウルスの小さすぎる腕のように小さくて笑える。

 ミナミギンポに比べ、テンクロスジギンポはより浅いところで観られ、リーフ際から続く死サンゴ礫混じりの砂底にあるちょっとした岩にも居てくれる。

 2017年〜2018年くらいにかけてのひところは、砂地のポイント彼らを見かける頻度が随分減ってしまった。

 カメラ派ダイバーが増えすぎ、どこに居てもストロボを浴びせかけられるため、嫌気がさして逃げ出しちゃったのだろうか。

 でも↓この顔を見ちゃった日には、誰だって撮りたくなっちゃいますわね、きっと。

 幸い2018年の初夏くらいから、砂地のポイントでやたらとテンクロスジギンポの若魚の姿を目にするようになった。

 ミナミギンポとは違って、幼い頃もオトナとほとんど変わらない体色をしている若魚。

 彼らがそのまま成長してくれたようで、2020年4月現在でもリーフ際のいたるところでその姿を見かけるようになっている。

 テンクロスジギンポ、完全復活。

 元どおりに増えたおかげでやる気モードになっているらしきオスの様子も観ることができ、この年(2020年)の3月には、メスに対してしつこいくらいにアピールし続けるオスがいた。

 テンクロスジギンポもミナミギンポ同様、普段はなかなかヒレ全開ポーズを見せてくれないのだけれど、このときはずっと全開のまま(小さな腹ビレのみ閉じたり開いたり)。

 背ビレ前縁が色づいているのは、ミナミギンポ同様オスの婚姻色なのだろうか。

 ちなみに若い頃のテンクロスジギンポの背ビレは地味。

 婚姻色かどうかはともかく、テンクロスジギンポたちも、水温が低いままの3月から、もう恋の炎を燃やしているらしい……。

 追記(2022年9月)

 個体数が増えたからか、どんどん大胆になっているのだろうか、砂底の根の上でテンクロスジギンポがヒロヒロヘラヘラと泳いでるところを観ていたら、いつになくカメラの前でポーズを撮ってくれる。

 なんとサービス精神旺盛なお利口さん!

 …と思いきや

 怒られた。

 ちなみに、喉の奥まで見えてます…。

 ところでこのお怒りテンクロスジギンポ、お腹が大きいような気がするし、背ビレの色が、先に紹介したやる気モードのオスらしき子とは違っている。

 背ビレはノーマルカラーでお腹はポッテリ、そしてヒレを広げるのは束の間で、ほとんど閉じて泳いでいたところをみると、どうやらこれがメスってことなのだろう。