水納島の魚たち

ツノダシ

全長 15cm

 ご存知ツノダシ。

 初めて水中マスクをつけて海中を覗いたあのとき、目の前をすました顔で横切っていたこの魚を見た感動といったらもう………。

 しかし。

 どこに行ってもどこで潜っても、彼らはいつもそこにいる。

 あまりにも当たり前にいると、いつしか空気のような……いや、水の中だから水のような?……存在になってしまうのが人情というモノ。

 人情ゆえに、本数を重ねたダイバーの多くは、ダイビングを始めたばかりの頃の初々しい感動を忘れていく。

 なのでまず間違いなく、1匹のツノダシを観て「俺もう、テンション上がりまくりっす!」というベテランダイバーはいない。 

 それでも、初めて沖縄の海でスノーケリングをする方々にとってのツノダシたちは今もなお、やはりスーパートロピカル光線であり続ける。 

 さてこのツノダシ、たいてい海で見かけるときは単独、もしくは2〜3匹ってところ。

 ところが繁殖の季節になると、大きな群れを作ることがある。

 パラオあたりでは、1〜3月にかけて1000匹ほどの群れになるらしい…。

 水納島ではさすがに1000匹は無理ながら、かつて同じく春先に、岩場のポイントで200匹ほどの群れを観たことはある。

 砂地のポイントではさらに少なく、せいぜい10〜20匹くらいの群れがリーフ際で観られるくらいだ。

 ツノダシの群れは、たとえ10匹程度であっても、みんなが同じ方向を向いて泳いでいる姿がとっても美しい。

 でも岩肌の藻類その他付着生物を啄みながら泳いでいることが多いから……

 「群れ」の美しさなどおかまいなしに、てんでバラバラな方向を向いてしまう。

 綺麗に同じ方向を向いている!と思ってカメラを向けると……

 …1匹だけ違う方向を向いたりする。

 そんな繁殖期を経ると、やがて海中にチビターレが生まれる。

 ツノダシたちの幼生は相当長く浮遊生活を送るそうで、6〜7cmほどになったツノダシ色のチビがリーフ際に姿を現し始めるのは、シーズンも半ばを過ぎた頃くらいから。

 やけに小さなツノダシが、そこかしこで観られるようになる。

 リーフ際にたどり着いたばかりくらいの頃は、リボン結びしたくなるほどに、背ビレが長く美しく後方に伸びていている。

 浮遊生活の印なのだろうか。

 リーフ際で暮らし始めると、余分なほどに長い部分はやがて失われていくようだ。

 そんな若者たち同士で集まることもある。

 ところでこのツノダシという名前、ピヨ〜ンと延びた背びれのことと勘違いしておられる方がいるかもしれない。

 ツノダシの「ツノ」とは実は背ビレではなくて、老成個体に顕著な目の前部分の突起のことだ。

 さらに豆知識として付け加えるならば、このツノダシ、実はツノダシ科の中に1属1種しかいない特異な魚で、本当はニザダイ(ハギ)の仲間というと多少語弊がある(近縁ではあるらしい)。

 科、属というのは分類用語で、属の中に1種だけというのは他にもわりといるけれど、1科1属1種となると相当変りダネと思っていただいて間違いない。

 ちなみに科という単位がどれくらい守備範囲が広いかというと、ネコ科で考えてみるとよくわかる。

 ネコ科には、ライオンもヒョウもトラもイリオモテヤマネコも全部含まれる。

 そんなに幅広い単位のなかに1種類しかいないのだ。

 変てこな顔も伊達ではなかった。

 ヘンテコなのは顔だけではなく、ときおり背ビレが変なことになっている子もいる。

 オトナになっても無傷の背ビレのままの子は、↓こんな感じ。

 でも背ビレは体の中で最も目立つ部分であるだけに、普段の暮らしの中で傷めてしまうこともあるのだろう、なかには↓こんなことになっている子もいる。

 その他、背ビレが細くなるところから千切れてしまってやたらと短くなっている子もいるところを見ると、このトレードマークといっていいツノダシの背ビレは、宇宙戦艦ヤマトの第3艦橋のような存在なのかもしれない…。

 ところで、ツノダシというとそこらにたくさんいるから、いつでも好きなように写真を撮れる…

 …と思いきや、これが案外そうでもない。

 このヘンテコ背ビレの子もそうなんだけど、注目した途端に、視線がイヤなのかなんなのか、たちまちツレなくなってしまうのだ。

 そうかと思えば、まったく注目していないとき、たとえばホウセキキントキのツーショットを撮ろうとしているときには……

 まったくお呼びでないところに割り込んでくる。

 オビテンスモドキが盛んに石をめくって、裏に潜む小動物を探している様子を観ていると……

 おこぼれ狙いでいつの間にかそばにいる。

 カメラを向けるとすぐ逃げるくせに……。

 とにかくツノダシとお近づきになりたければ、あえて注目しないにこしたことはない。

 潜れば潜るほどツノダシに注目しなくなるダイバーは、ツノダシとお近づきになる極意を知らず知らずのうちに実践していたのだった。