●海と島の雑貨屋さん●
写真・文/植田正恵
月刊アクアネット2024年2月号
これまで何度か紹介しているように、南国沖縄といえども冬には冷え込む日がちゃんとある。
「トゥンジービーサー(冬至の寒さ)」とか「ムーチービーサー(旧12月8日前後の寒さ)」など、節目節目の冷え込みにはしっかり方言名がついているほどだ。
気温の数値自体はそれほどではなくても、防寒着や室内の暖房にはわりとルーズな沖縄の人々にとって、気温10℃台前半は骨身に染みる寒さとなる。
スト ロングな寒波が襲来すると気温ヒトケタになる地域もあり(気象台が観測していないだけで、水納島もヒトケタになっているはず)、そういう日には庭のカメならずともほぼほぼ機能停止だ。
年々寒さへの耐性が落ちていく我が身では、そんな寒さに苛まれるくらいなら、ポカポカ陽気に包まれて過ごしているほうが遥かに健康的ではある。
しかしこの冷え込みは、冬季がシーズンとなる多くの野菜たちにとって、欠かせない気候条件のひとつでもあるのだ。
この冬も精を出している私の菜園では白菜も欠かせない品目で、年によって多少の出来不出来はありつつ、毎年ご近所におすそ分けしても恥ずかしくない程度には収穫できている。
今季もちゃんと白菜の形になって順調に育っていたから、あれやこれやと白菜を楽しむメニューを思い浮かべて悦に入っていたところ、それは思いっきり採らぬ白菜の葉算用で、当初見込みの5%くらいしか収穫できなかった。
パッと見にはちゃんと育っているように見えていたのに、巻いた葉の内側のほうから腐ってしまっていたのだ。
暖冬のせいである。
今世紀初め頃は、初日の出を桟橋まで見に行くだけのために、アラスカの北極圏で着用していた上着を着こんでいたことすらあった元日の水納島。ところが近年は正月のたびに初夏のようなポカポカ陽気になることが多く、我々の初日の出用装備も以前とは比べ物にならないほど軽装になっている。今年は短パン&素足に島草履という夏のいでたちの島のヒトもいた。そしてその方は、日中にはTシャツ短パンでゴルフの練習…。とても元日の服装とは思えないこの姿を見れば、白菜が溶けてしまうのもやむなしというところか…。
雨が降った直後に日が差すと、葉の間に溜まった水が温められる。それが適度な気温であればなんの支障もないところ、今季は冬のくせに気温がおおむね高過ぎるものだから、溜まった水が太陽熱で湯になってしまい、白菜が耐えられなくなってしまったのだ。
キムチに、浅漬けに、そして鍋にと毎年大活躍している白菜がほとんど採れず、白菜をふんだんに使った豚バラ肉とのミルフィーユ鍋を楽しみにしていたダンナは、意気消沈の冬となっている。
地球規模の温暖化が加速度的に進んでいるように見える現状に鑑みると、暖地用に品種改良でもされないかぎり、今後水納島では白菜も「作れない野菜」の一つになってしまうのかもしれない。
もちろんながら我が家の白菜に限った話ではなく、全国各地で暖冬に起因する似たような問題が出来しているのは間違いない。
そのうえ平均気温の上昇に伴い、各種害虫の生息分布域がジワジワ北上しているとも聞き及ぶ。
各地で漁獲される魚の種類に異変が生じていたり、不漁が続いたりと、温暖化との因果関係をあーだこーだと検証しているうちに、事態は対応が追いつけないほどどんどん悪化しているような気も…。
ひと昔ふた昔前なら、雪が降らなくてスキー場は大変…という程度の話がせいぜいだったのに、今では一次産業の各分野で深刻な被害をもたらすようになってしまった暖冬。
年末年始は夏のようだった♪とか、沖縄は冬も暖かい♪などと観光客が無邪気に喜んでいられるのも、せいぜい今のうちなのかもしれない。
ともかくそんなわけで、冬の鍋料理に欠かせない白菜がほぼ全滅し、たとえこの冬に束の間機能停止級の寒波が襲来したとしても、晩酌の楽しみが半減してしまった我が家である。
もっとも、その理由が暖冬だけに、鍋料理が食べたい!となる日が滅多にないのが救いといえば救いだったりするのだけれど…。