●海と島の雑貨屋さん●

ゆんたく!島暮らし

写真・文/植田正恵

263回.海中の春

月刊アクアネット2025年4月号

 3月になって日に日に日差しが強まり、南国沖縄の本領発揮といえる季節がやってきた。

 4月になれば県内各地の海水浴場が海開きをし、ゴールデンウィークともなると、冬場風しか吹いていなかった水納ビーチも満員御礼、連絡船も臨時便対応で大忙しとなる。

 そんなシーズン開幕を前に水を差すわけではないけれど、陸上はいくら初夏のようでも、海の中の季節は陸上よりも2ヵ月ほど遅れて移ろうので、GW頃の海水温は実のところ12月の水温よりも冷たいくらい。

 そのため我々からするとGWに水着だけで泳いでいる方々を見ると正視にたえないくらいであるにもかかわらず(※個人の感想です)、来沖されたばかりの海水浴客のみなさんには「亜熱帯!」という常夏幻想があるものだから、沖縄ご到着後3日間ほどは勘違いしたままでいられる。

 ダイビング業界もGWはもちろん稼ぎ時、ボート上は多くのゲストでにぎわうのが恒例で、我々もこの仕事を始めた当初はその例にもれず、GWはピンポイントで賑わっていたものだった。

 ところがその後年数が経ってくるにつれ、そこそこ混みあいはするけれど、それ以上のゲストの受け入れを泣く泣くお断りするというほど満員御礼ではなくなってきた。その理由の最たるものはほかでもない、「GWは寒い」ということがバレてしまったから。

低水温時にはやる気なさげにしていたものが、23度の声(?)を聞くや、たちまちやる気モードに転じるセジロクマノミ。繁殖スイッチが入るとペアがセッセとイソギンチャクの傍らの産卵床の掃除を始め、掃除が終わると、すでにお腹が卵でパンパンになっているメス(手前の大きいほう)がオレンジ色の卵をきれいに産み付け、オスが卵に受精させる(お腹の下のツブツブが卵)。その卵は1週間ほどで孵化し、しばらく経つとまた産卵するセジロクマノミペア。夏の間は何度も繰り返される彼らの産卵行動ながら、冬の間はけっして観られず、その年初めてセジロクマノミの卵を目にした…というのはすなわち、梅の蕾の綻びを目にしたような春の訪れ感なのである。

 水納島の場合、真夏で29度前後の海水温は、一年で最も低くなる2月~3月上旬で20度~21度、GW頃ならよほど好天に恵まれ続けないかぎり22度前後しかない。真夏と比べてたった7度の違いでも、1時間近く海中にいる身にとっては致命的な差になってくる。

 そのあたりは魚たちも同様で、もう少し水温が上がってくると多くの魚たちが活発になってくるのだけれど、GWくらいの水温ではまだそこまで盛り上がっておらず、繁殖行動ひとつとっても一部の魚たちがひっそりと…というイメージが強い。

 また夏場には溢れんばかりに群れ集う小魚たちの姿も少ないし、キビナゴなど夏にならなければ姿を現さない魚群もいないから、夏場しかご存知ない方がその海中景観をご覧になれば、まるで冬の枯野を歩くがごとき寂寥感をお感じになるかもしれない。

 八重山あたりならいざ知らず、「常夏」はあくまでもイメージで、沖縄本島北部地域の海中にはしっかり「冬」もあるのだ。

 冬もあれば春もある。

 ようやく水温が23度まで上がる日が訪れるGW中から5月初旬くらいにかけて、それをスイッチにしているかのように産卵を始めるセジロクマノミのほか、それまで地味に過ごしていたハナゴイたちは、オスがメスに対してアピールするにぎやかな泳ぎを繰り広げるようになるし、各種ヘビギンポのオスたちは鮮やかな婚姻色を発し、メスを相手に一生懸命求愛行動を繰り広げる。

 早いうちに繁殖行動が始まっている魚たちの幼魚がどんどん増えてくるのもこの季節で、それだけで1冊の図鑑ができるほど種類が多いウミウシ類との遭遇率も高くなるなど、春ならではというシーンは意外に多く、陸上で菜の花を見て春を感じるのと同じくらい、海中では彼らが「海の春」を感じさせてくれる。

 血流その他へ与える悪影響に鑑みれば体の冷えが大敵となる中高年ダイバーにとって、春の海はまだまだ体に悪い水温ではある。けれど季節の便りだったりその季節にしか出会えないシーンだと思えば、いっちょ老骨に鞭を打とうという気にもなるというもの。

 そして私は、今日も砂底に這いつくばり、ウミウシを探し続ける。