●海と島の雑貨屋さん●

写真・文/植田正恵
月刊アクアネット2025年11月号
コロナ禍以前に毎年恒例にしていたオフシーズンの旅行では、日本国内の観光地を巡るのが定番だった。
各地の美味しいものを地元のお酒とともにいただくのが目的の、ようするに飲んだくれ旅行である。
ただ、昼間から(許されれば朝から)飲んでは、ああ幸せ…となる酒飲み夫婦の場合、移動手段として車が使えないという問題がある。そのため移動は公共交通機関がもっぱらで、現地では1日に2万歩も当たり前、というほどひたすら歩き倒す。
観光するなら日帰りでOK、一泊すれば申し分ないと一般的に言われている飛騨高山へ旅した際には、当然のように現地に三泊した。
滞在中はもちろん全編徒歩行脚、オール散歩の毎日だ。
そんな飛騨高山で過ごしていた雪の日のこと、宮川朝市という飛騨高山の観光の目玉の一つに行って、宮川沿いにズラリと並ぶ露店が開店し始める前から、川沿い周辺を散歩してみた。
沖縄県民にとってはただそこに雪が降り積もっているだけで完全な非日常風景だから、無邪気に雪見をしながら歩いていたところ、道々では雪よけの笠をかぶってソリのようなものを引っ張っている人々が、ひっきりなしに宮川の土手まで往復していた。
除雪作業で大量に溜まる雪をソリに載せ、河原に捨てに来ているのだった。
豪雪地帯のみなさんにとっては、早朝の自宅周りの雪かきは欠かすことのできない冬のルーティン作業で、そのおかげで我々観光客は、雪の降り積もる日でも、魅惑溢れる高山の町を歩いていられるのだ。
雪の降り積もる朝7時前後から、粛々と作業が行われていた雪の廃棄作業。カメラ側の背後に宮川があり、そこまで雪を運んでは雪を河原に捨て、空になったソリを戻し、再び雪を積んで川まで運ぶ…という作業が繰り返されているようだった。シン…と静まり返った雪の世界で行われているその様子はなにやら宗教儀式めいていて、修験者の修行のようですらあった。
そのほかにもいろいろと雪でえらい目に遭っているからだろう、朝市が開店してから立ち寄ったとある店の女将さんは、我々が雪に興奮している旨伝えたところ、「雪なんて見るのもイヤ!」と笑いながら教えてくれたっけ。
観光に来ている私としては、雪のない冬の飛騨高山なんてクリープを入れないコーヒーのようなものとすら思っていたけれど、現地で生活するとなると事情はまったく違うのだった。
水納島に滞在されるリピーターさんは、たいていの人がお散歩好きだ。
まだ日帰り客が来ていない朝食前の「誰もいない海」を満喫しながら砂浜で貝殻を拾ったり、夕刻には桟橋周辺で南海の荘厳な夕焼け劇場を楽しみ、夜~夜明け前には満天の星空を堪能したり。
そんなお客さんたちの散歩道のひとつでもある海水浴場に続く石畳の坂道は、週交代で毎朝島民が清掃している。
日帰り客が来島する前に行うのが基本で、夏の盛りには夜明けが早いこともあってできるだけ早い時刻に清掃するから、たいてい6時頃から始めることになる。
そのため掃除をしていると朝食前の散歩に出かける宿泊客とよく出会う。お客さんからすると、レレレのオジサンでもないのに朝から公道の掃除をしているのが不思議に見えるらしく、道路清掃について訊かれることもあり、島の住民には生業以外にも島を維持するための公的作業があることを初めて知るお客さんは、なかば感心してねぎらってくれることが多い。
道路にしろシャワートイレ施設にしろ待合所にしろ、それらをお客さんたちに毎日心地よく利用してもらえるよう、どのように維持されているのかなんてことは、日帰りで島を訪れるだけではまったく思いが至らないことだろう。
非日常の素敵なシーンだけではなく、そこで生活する人々の暮らしぶりすら垣間見ることができるお散歩は、ホテルと観光地の行き来だけではけっして気づけないし味わえない、その土地ならではのプチスペシャル。
「観光」とは本来そういうものであったような気が…。