●海と島の雑貨屋さん●

写真・文/植田正恵
月刊アクアネット2025年12月号
今年も昨年と同じく、沖縄本島付近は台風の影響をほぼ受けなかった。
ただし好天続きだった昨夏とは違い、今年は梅雨明け後からずっと冴えない天気が続き、7月8月はむしろこれから梅雨ですか?ってくらいに雨が多く、夏というのに肌寒さを感じることもあったほど。
梅雨明け直後から海水温が異常に高くなってしまった昨年とは大違いの夏だった。
もはや気象における「平年」は机上の数字でしかなくなっているかのような気配もある昨今のお天気、寒い暑いだけならまだしも、近年のメリハリ気象では各地で半端ではない雨量が災害をもたらすようにもなっている。
沖縄本島北部地方でも、昨年は台風シーズンが終わった11月に、度を越した線状降水帯による豪雨に見舞われた。
バケツをひっくり返したようなと形容される雨が子守歌程度に思える「琵琶湖を引っくり返したかのような大雨」は、小さな我が家にいるとナイアガラ瀑布の内側にいるかのようで、この異常な降り方ではせっかく植えた野菜の苗がダメになっちゃうかも…と覚悟したものだった。
本島北部では、苗のことなど気にしている場合ではまったくなかった。
11月に開催されるツールドおきなわという毎年恒例の自転車ロードレース大会が、大雨に加えてルートが土砂崩れで遮断されるなどコースを設定できない状況のために中止を余儀なくされたほか、河川の増水・氾濫によって沖縄でまさかの「岸辺のアルバム」的被害が北部各地で発生したり、浄水場が水没してしまったために当分の間上水道が使用できない地域が出てくるなど、居住地、道路、農地がそれぞれ猛烈な被害を受けた。
災害直後の野菜売り場が極度の品薄状態になっていたのはもちろんのこと、冬に野菜の旬を迎える沖縄で野菜の高騰がその後もずっと続いていたことでも、その被害の大きさがうかがえた。そんな大雨被害がこの年の10大ニュースのひとつになったのも当然、それほどの大災害だったのである。
半端ない大雨の際、水納島で唯一床上浸水の被害が出るガメラ君の家。カメが踏み固めているために地下に浸透しきれず溜まってしまう水が屋内(?)まで流れ込んでしまい、リクガメなのにヌマガメのようになっているガメラ君、小屋の中の土を自ら掘りまくって凹状にしてしまったために水が溜まる…という因果関係などさすがに理解できないらしく、ひたすら降り続ける長雨を恨めしく眺めながら、ほとほとウンザリしているのだった。
陸水環境も崖も山もないおかげで大雨による被害がほぼ無い水納島にも、実は大雨のために受けるダメージが年々ひどくなっていることがある。海だ。
大雨直後はさほどのことはなくとも、3日ほど経つと、本島から流れ出た陸水、すなわち超絶濁り水が島の周辺までたどり着いてしまうのだ。
川辺に生える草木の切れ端や流木など大量の漂流物とともに忍び寄ってくるその濁り水は、桟橋に続く坂道の上から眺めてみれば青い海との境界がクッキリ見え、それが島の沖合まで迫っていれば、たいていその翌日は島の周囲がすっぽり濁り水に囲まれてしまう。
本来なら青く輝く暖かでクリアな海が、ひどい時には透視度が3mも無いほどの冷たく濁った水になり、普段遠くまで見渡せる海中が当たり前の身には、息苦しさすら覚えるほど。
昔は大雨くらいでここまで濁ることはなかったのに年々ひどくなっているのは、尋常ではない雨量もさることながら、本島の陸水環境周辺の乱開発による環境的グダグダぶりが、一層ひどくなっている証でもあるのだろう。
生き延びるためには干ばつよりは多雨のほうが良さそうな気がするものの、メリハリのありすぎる気象が異常ではなく恒常化している今となっては、もはやこういったお天気を潔くサバイバル気象と認めるほかない。
それを生き抜くための知恵を、誰もが振り絞らねばならない時代に、乱開発などしている場合ではないのである。