●海と島の雑貨屋さん●

写真・文/植田正恵
月刊アクアネット2026年1月号
今年も北風がぴーぷー吹く季節になった。
ちょっと強めに吹くだけであっさりと欠航してしまう連絡船は、知床の流氷観光船の事故を受けて国交省スタンダードが厳しくなったこともあり、ただでさえ高かった欠航率がさらに高くなっている。
商店も金融機関も医療機関も何にもない小さな島にとってはライフラインの断絶に等しい欠航ラッシュ、そういう冬をいかに有意義に過ごすことができるかが離島ライフを大きく左右する。
私の場合は野菜作りも冬場の「有意義」のひとつで、趣味としてだけではなく、たとえ一週間くらい連絡船が欠航しようとも、とりあえず冷凍庫の肉や魚と畑の野菜があれば何とかなるという安心感をもたらしてくれる実益もある。
そしてネットで調べればいくらでも料理のレシピが容易に手に入る昨今となれば、ふんだんにある美味しい無農薬野菜を楽しまない手はない。昔は今ほど諸式が高騰していなかったから、たまの外出では外食をかなり楽しみにしており、これは!と思った料理の名前さえ覚えておけば、あとはレシピを調べて自宅での再現にチャレンジできたものだった。
もちろん外食といったってズワイガニだの石垣牛だのを食べられる身分じゃなし、身近に手に入る素材で作られている料理ばかりだから、手間さえ惜しまなければ再現率はかなり高くなる。
それ以来、エスニック料理など外食でしか楽しめないと思い込んでいたものが我が家の定番メニューになり、庭のハーブ園には怪しげなハーブがワサワサと茂るようになった。
今でこそお星様になられた方が多くなったけれど、私が引っ越してきてからしばらくはおじいもおばあもみな元気で、採れた野菜を出荷するほど精力的に畑仕事をしていた。今よりも遥かに不便だった昔は、暮らしのあれやこれやをなるべく島内で賄うのは当たり前だったから、苗もまた基本的に種からの自家製で、肥料は島内で飼っている牛の糞を利用してもいた。苗作りも多めに作るのがフツーだったろうから、たとえ誰かがうまくいかなくても、うまくいった人から分けてもらいつつ、代わりにこれを…なんて物々交換も日常だった(農地とトラクターを交換した、という話も伺ったことがある…)。畑が趣味的規模となった現在ではみなさんは本島で苗を買ってきて植えているようなのだけど、私は苗作りもオフシーズンの楽しみのひとつにしているおかげで、島内物々交換時代をちょっぴり体験できており、わずか3株ほどのセロリの苗は、フルーツてんこ盛りに生長(?)したのだった。
なんであれ食材になる野草に興味がある島の人は、時々我が家にやってきては、雑草のように見えるそれらのハーブを指して、「これなんね?」とお尋ねになる。とはいえ気取ったカタカナネームだと使い道がよくわからないからだろうか、積極的にそれらを料理に使うことはないようで、わざわざハーブを植えることもない。
でも香りが強くて特徴的なものが好きなヒトは多く、ふーちばー(ヨモギ)などはかなり多用するし、ニンニクやニラも大好きなのであればセロリもきっと好きな人が多いはず。
ところが島内でセロリを植えている人は見当たらない。それはきっと、ホームセンターや農協ではセロリの苗があまり出回らないという事情のほか、畑に植えつけられるようになるまでとても時間がかかるため、種から苗を作る気にはなれないことも理由に違いない。
その点育てる過程が大好きな私は、毎年少量ながらセロリの苗を作っており、今年は育てた苗がけっこう余ったので、初めて野菜作り仲間(?)のおばあに苗を持って行ったところ、とても喜んでくださった。
本島にお住いのお子さんたちの手を借りてたまに買い物に出掛けることはできても、欲しい苗がその日店頭に並んでいるとは限らないため、島内で苗を調達できるととても助かるらしい。
第一弾がうまくいかなかった場合に備え、私はいつも必要が数より多めに苗を準備しているので、第一弾でうまくいった野菜の苗は余ることになる。
それらが無駄にならないよう、件のおばあをはじめ島で畑をしているみなさんにお裾分けするのだけど、するとわずかな手間で育てていただけのブロッコリーや白菜やレタスの苗が、採れ採れの島バナナやタンカン、もしくは作り立てのソーキ汁になったりと、わらしべ長者のような物々交換状態になることもしばしばだ。
何もないからこそみんなで補い合いながら自給自足をしてきた小さな島ならではの、素敵な原始共産社会をも楽しめる冬場の野菜作りなのである。