●海と島の雑貨屋さん●

写真・文/植田正恵
月刊アクアネット2026年4月号
シーズンオフの水納島には食事できる店がない。商店ひとつ無い。
そうとは知らず冬の朝イチ便で来島すると、午後1時半に島を出るまで空きっ腹を抱えることになってしまう。
現在のように猫も杓子もスマホを手にし、誰もがいつでもどこでもオンラインという世の中になる前は、来島してランチ難民になるお客さんが多かった。
ではスマホ社会になったら誰もが情報を共有できているかというと、実はそうでもなく、空腹を抱えて藁にもすがる思いで「何か飲食できるところはありませんか?」と尋ねてくるお客さんは後を絶たず、手にしているそのスマホでいったい何を調べていたんだろう…とその都度不思議に思ったものだった。
いかに便利なツールではあっても、結局のところ使いようということになるのだろう(近年は乗船券購入窓口で多少案内しているらしく、ランチ難民には会わなくなった)。
シーズン中であっても外食産業といえば日中しかオープンしていない水納島で暮らしていると、人様が作ってくれたものをいただくというのはそれだけで非日常かつゼータクなことだから、たまに遠出をする際には、たかだかランチを摂るにも大変気合が入ってしまう。
近頃すっかり足が遠のいている那覇まで久しぶりに足を伸ばした際には、通も一目置くラーメンを出す中華店を再訪してみた。
8年ぶりとはいえその実力は経験済みだから安心して入店したところ、前回は口頭でのオーダーだったものが、手持ちのスマホでQRコードを読み取るモバイルオーダーシステムに変わっていたので驚いた。
なんでもスマホ携帯前提では高齢者が置いてけぼりになるではないか、という問題提起には、やがてその世代の方々はいなくなるから…というネガティブな解決策も囁かれる。けれどもっともらしくそのように語る人々は、自らもいずれ高齢者になるということを理解していないに違いない。科学も技術も日進月歩、新しいものについていけなくなる、もしくはついていかなくても平気でいられる「年齢」は、誰にでも訪れるのである。私もその年齢に達しているにもかかわらず、とうとう手にしてしまったスマホ。その機能の千分の一ほどしか使いこなせていないものの、アカアシカツオドリのシールを貼ってデコレーションしてみた。これなら私でも、ひと目で『私のスマホ』ということがわかる。ちなみにこのシールは、とある日本酒シリーズに貼りつけてある再利用可能なラベルで、近頃狂乱状態というシル活とは何の関係もない。
昨年ワケあって首都圏に滞在する期間が長く、そこでタブレットオーダーやセルフレジシステムを経験していたから狼狽えずに済んだものの、まさか沖縄のラーメンまでモバイルオーダーとは…。
これも時代か…と納得しつつ、どうにかこうにか(だんなが)オーダーを済ませると、やがて注文していたラーメンが出てきた。
ところが、塩味のワンタンメンを頼んだはずだったのに、配膳してくれたにぃにぃは、笑顔も爽やかに「醤油味のワンタンメンです♪」と言う。なんてことだ、慣れないモバイルオーダーで塩と醤油を間違えたか、だんな!
と思ったら、お店側のミスであることをにぃにぃは素直に認めた(醬油味も美味しかった)。
自分のオーダーミスだったらあとで私に何を言われるか知れたものじゃないから戦々恐々としていただんなが、それを確認してホッと胸を撫で下ろしたのはいうまでもない。
昔ながらの口頭によるオーダーだったら、客の注文が多少なりとも耳に残るし会計票に書き込めば体にも残るだろうに、便利で正確なはずのデジタルオーダーにはそれが無い。
それが間違いのモトになっているのは明らかで、どんなにITだデジタルだDXだと言ったところで、つまるところは人間のモンダイなのだ。
そうはいってもチョコの説明から家電の説明、果ては行政までもが全国民がスマホを携帯している前提で話を進めている社会で暮らしていくには、スマホを持っていないとどうしようもないというケースが増える一方だ。
となれば、以前は電車の中で誰も彼もがスマホに見入っている様子を目にするたびに「ケッ…」と思っていた私もどうやら年貢の納め時、ついにスマホを手にするようになってしまった(全然使いこなせていないけど)。
頭から白い煙を出しながらも、なんとか社会についていく。とっておきのゼータクの日に、スマホが無いからオーダーできない!なんてことが無いように…。