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ゆんたく!島暮らし

写真・文/植田正恵

278回.全島停電とビールと冷蔵庫

月刊アクアネット2026年7月号

 昨年一昨年と、沖縄本島地方は強い台風の勢力下にまったく入らずに済んだ。

 異常気象の昨今のこと、このまま沖縄には台風が来ない時代になったりして…と期待していたら、今年は6月早々に暴風域を伴う台風6号が、それも狙いすましたかのように沖縄本島直撃コースとなった。

 3年ぶりの本格的台風だから、忘れかけていた暴風対策もいろいろ思い出しつつゆっくり時間をかけて万全の態勢で臨んでいたところ、6月1日深夜から、これまた久しぶりに台風による長期停電となってしまった。

 停電ばかりは個人で防ぎようがない。

 予報どおり5月31日には暴風圏内に入り、午後3時頃まで窓ガラスが少したわむほどに風が吹き荒れた。まだ沖縄周辺の水温が低いこの季節の台風だから、さほど発達することなく足早に北上する予報ではあったものの、コースによっては台風の速度と風速が合わさり、見た目以上の暴風が吹く可能性もある。

 それもあって、今回の台風で水納島は停電必至である、と私は覚悟をしてはいた。ところが夕刻になって台風の目に入り、余裕で外を歩けるくらいに風が弱まった。

 このあと目を抜けて再び暴風圏内に入る頃には西風になっていそうだし、それほど発達もしていないから、もう停電はなさそう…と、ついうっかり高をくくってしまい、停電対策でせっかく準備していたクーラーボックスから氷やビールなどを冷蔵庫に戻し、ほろ酔い気分で夕食を済ませ、ゴキゲンに就寝したのだった。

花火と見まがう青白い閃光を放ちながら、やがて燃え尽きた高圧の電線は、高所から石畳の道に垂れ下がっていた。迂回や遮断が不可能な大元系の電線のため、島内全世帯(といっても10世帯くらいだけど)が停電しているときにこの状況を目にすると、ほとんど絶望的になる。ただ、かつて台風と関係ない原因で我が家への引き込み線が断線し、島内で我が家だけ停電ということもあったのだけど、自分たちだけとなるとひときわ哀しみが募るのに対し、島内みな停電だとなぜだか少しホッとする。やはり災害被害は連帯感があった方が、気持ち的に大きく救われるのだった。

 午前3時頃に、突如目が覚めた。

 いつも泥のように眠る私がなんでこんな夜中に目覚めたのだろうといぶかっていると、屋外から時折かなり大きなブーン…という音がしていて、それに合わせて部屋の常夜灯がチカチカしていることに気づいた。

 どうやらこの音で起きてしまったようだ。でもその異音の正体がわからない。

 寝ている間にとっくに台風の目を抜け返し風が吹き始めており、木々のざわめきの音が再び激しくなっている。その様子を見るべく窓のカーテンを開けてみると、花火ですか?というほど派手な、閃光といっていいほどの青白い光が。

 その頃にはその閃光から最も近隣の家の方が島内電力担当者に電話をしていたらしく、現場の様子を見に行く車の音が聞こえてきた。その直後、見事にきれいさっぱり停電に突入。

 閃光は電線が発していたらしく、ついに力尽きたようだ。

 島内に原因がある停電となると、連絡船が復旧するまで業者さんは島まで復旧作業に来てくれない。その頼みの綱の連絡船は、少なくとも6月3日までは欠航と台風前から宣言していた。となると電力復活は早くとも4日以降、最短でも3日間の停電生活確定だ。

 つい油断してクーラーボックスのビールを冷蔵庫に戻してしまったのは、まことにもって痛恨の極み。己の不明を悔いつつ、冷蔵庫の生ものが傷む前に電力が復旧してくれるよう、ただただ祈るほかない…。

 台風が去ってみんなが後片付け作業に取り掛かる頃になると、下手したら電力復旧まで1週間くらいかかっちゃうかもよ、なんて噂もあったりして絶望の淵に立たされたけれど、なんとなんと、平時は港工事の作業員を毎朝毎夕運搬しているタグボートに電気修理業者さんが便乗し、最速で島に来てくれるように水納班班長が手配してくれたおかげで、当初の見込みより1日早く電気が回復した。

 停電に暮れていた水納島に、文明開化の音がする。冷蔵庫の中身はほぼほぼ無事、そして夜にはビールも冷えている。

 台風の後片付け作業で疲れた体に、冷えたビールはまさに天国の味だった。