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ゆんたく!島暮らし

写真・文/植田正恵

281回.干潟環境とシオマネキ

月刊アクアネット2026年10月号

 生きもの好きな人ならば、ぜひ会ってみたいと希う憧れの生き物がひとつやふたつはいるものだ。

 子供の頃の私にとってそれは、カモノハシ、カブトガニ、そしてシオマネキだった。

 これらのなかでシオマネキは最も遭遇機会がありそうなのに、子供の頃に毎年のように家族で房総に繰り出した潮干狩りではついに会えずじまいで終わってしまった。

 その後沖縄で学生時代を過ごすようになってようやく、シオマネキがたくさんいる様子をついにナマで目にすることができた。そのときの感動といったら!

 シオマネキ類は川が流れ込む汽水環境の砂泥に生息するカニで、満潮時は水の中、干潮時には干潟上で活動するという暮らしをしており、広い干潟だとかなりの数が見られる。

 オスはハサミ脚の片方が大きく、メスにアピールする際には、その大きいほうのハサミ脚を大きく振り回す。その様子がまるで潮を招いているかのように見えるため「シオマネキ」という名があり、広大な干潟で数千というシオマネキが一心不乱に潮を招くシーンを小学生の頃に映像で目にしたからこそ、私は「是非ナマで観たい!」と憧れたのだった。

 そんなシオマネキたちが、水納島の裏浜の干潟にもたくさんいる!

「現在はルリマダラシオマネキが幅を利かせながら、ウジャウジャいるシオマネキたち。しかしおそらくは有史以前から維持されていたであろうこの干潟環境が、このまま永遠に続く保証はない。干潟といえば最も埋め立てやすい環境だけに、沖縄本島でも次々に失われているのだけれど、水納島でもまた、大型リゾート計画の一環である裏浜の改造案によって、干潟環境は大きく変化しようとしている。それが実現すればベニシオマネキが減ったどころの騒ぎではない。人々が目の前にぶら下げられたニンジンに目を奪われているうちに、本当の宝物が次々と姿を消していく。他の多くの絶滅危惧種たちと同じくシオマネキたちも、失われて初めてその価値に気づいてもらえるのかもしれない。」

 水納島の裏浜の干潟には4~5種類ほどのシオマネキ類がおり、島に越してきたばかりの頃、満潮時の波打ち際からほど近いところに最も多かったのはベニシオマネキだった。

 外敵の影を察知するとたちまち巣穴に引っ込むけれど、その場でジッと待っていると、やがてそこらじゅうの巣穴からワラワラ出てきて、あたり一面ベニシオマネキだらけになる。

 水納島の裏浜に彼らが多数いることを初めて知ったときには感動のあまり暑さも忘れ、潮が引いた干潟に腹ばいになって、間近で眺めながらうっとりしたものだった。

 それから30年以上経ち、憧れのシオマネキたちもすっかり居て当たり前の生き物になっている今では、さすがに当初ほどの感動を覚えなくなってはいる。それでもたまに干潮時に散歩で裏浜まで足を運んではその姿を遠目に眺め、今もなおたくさんいることに安心していた。

 ところが最近久しぶりにじっくり様子を観てみると、たくさんいたはずのベニシオマネキが激減しており、そのかわり昔はずいぶん沖側まで行かなければ姿を見かけなかったルリマダラシオマネキが、もともとベニシオマネキが多かったあたりからたくさん観られるようになっていたから驚いた。

 三十年一日くらい変化がないように見えつつ、そこに暮らしているシオマネキたちの個体数にこれほどの変化があったとは…。

 その大きな原因のひとつは、港の工事の関連で浚渫した砂礫を、まるで元寇に備えた土塁のように裏浜の海岸への一時的な堆積処置と思われる。

 陸水があるわけでもなく、おそらくは地下水の流入で微妙なバランスが保たれているのであろう干潟の環境が、工事由来の大量の砂礫の一時的集積で一部が流出したために、ベニシオマネキにとって不都合なものに変わってしまったとしてもおかしくはない。

 子供の頃からのシオマネキファンとしては、ただそこにあるだけで宝物のような干潟。しかしそれは誰にとっても宝物というわけではなく、その価値に気づかない、いや、気づこうとしない人々の手によって、少しずつ少しずつ失われようとしている。

 この世の中では様々なものが、その価値に気づこうとしない人々の手によって変えられていく…。