プロローグ・苦悩の目的地選別編・3

トランスワールドサービス

 実をいうと、NHKの番組を見て以来オーロラ、オーロラと盛り上がっていたのは僕だけで、うちの奥さんはといえばいまひとつ乗り気ではなかった。たしかにオーロラ自体は見てみたいけれど、その予算を使うくらいなら、国内の温泉地への旅行2回のほうがいい、という意見の持ち主であったのだ。
 でも、僕がいろいろネットで調べてその情報を見せたり、旅行業者との見積もりのやり取りをするうちに、彼女もいつしか行く気満々になっていった。いつまでも迷っている僕に、チェナはいやだ、ベテルスだ、と結論を言い渡したのは何を隠そううちの奥さんである。僕がいつしかノセられ、それまでけっして好きだったわけではないガーデニングの大工仕事を好んでしているように、要はいかにノセルか、ということだ。

 さて、ベテルスという地名を発見するそもそものきっかけとなったサイトのことを、僕は

 とても情報として利用できるものではなさそうながら…

 などと紹介したけれど、実は行き先も利用する旅行社も、すべてこのサイトによって決定している。充分情報として利用させていただいているのだ。
 そうやって決めた旅行業者は、その名も株式会社トランスワールドサービスという。
 この会社の詳細は巻末のリンクから直接サイトに行って確認していただくとして、我々にとって魅力だったのは(ま、個人旅行手配ってのはどこでもそうなんだろうけど)、自分の希望通りの旅程でパックツアーを組んでもらえるということ。自分たちだけのパックツアーを作ってもらえるのである。
 旅慣れていない我々であるから、アラスカへ行くのに各種格安航空券を手配したり、右も左もわからない現地の宿へ直接メールで予約をしたりしていたのでは2年くらいかかってしまうかもしれない。それに、そうやって旅行されている方々の総予算と、出してもらった見積もりとを比べてみてもそれほど大した違いはなかった。
 それやこれやでお願いすることにした。

 さて、このトランスワールドサービス。
 アラスカをはじめ、ガラパゴス、南極、マダガスカル、アイスランド、グリーンランド……といった具合に、おいそれとは行けないようなところを得意としている業者である。そして、そういうところへ行こうとする人間は、たいていの場合旅慣れた人々でもある。
 つまり、このトランスワールドは、旅慣れた人を対象とした営業をしているようなのだ。
 最低限の情報はくれるのだが、ここはどうしたらいいのだろう?これはどうなっているのだろう?という細かい案内はいっさいないのである。たとえば、旅程情報にはフェアバンクス空港からその日泊まる予定のホテルまで送迎がついているということになっているのだが、資料のどこを見ても空港に迎えが来ているとは書いていなかった。不思議に思って問い合わせてみると、
 「空港からホテルに電話して送迎を呼んでください」
 だって…。
 いや、そりゃ当たり前なんだろうけどさ、送迎付きとあれば迎えが空港まで来ていると思うじゃないのさ。
 そういったこまごましたことを含め、旅慣れている人には当たり前の、けれど我々にとっては?マークになってしまうこと盛りだくさんの案内に、絶えず戸惑いつつの予約確認作業であった。

 あれ?それってどこかのダイビングサービスと同じような……
 アッ!!クロワッサンじゃないか!!
 そうだよなぁ…。うちも、ではどうやって空港から行けばいいのか、と思う方がたくさんいるだろうしなぁ。送迎はないのかと訊いてくる方も多いし……。

 トランスワールドはクロワッサンである、と理解してからは、いろいろスムーズになった。つまり、書かれていないことは他者にとっては当たり前のことなのである。当たり前のことなのであるから、ちょっと調べればすぐわかるに違いない。それでもなおわからないことはどんどん訊いてもかまわないだろう。
 そんなこんなで、旅程決定から出発までの間、微に入り細をうがっていろいろ質問する僕に、辛抱強く、それでいて丁寧に答えてくれた担当O氏に感謝する次第である。質問内容の詳細については、おいおい旅行記本編で触れていくことになるだろう。

バウチャー騒動

 そうやってトランスワールドに対して全幅の信頼を寄せているかのように言えるのは、もちろん我々が無事に帰ってきたからである。出発まで、いや、そのバウチャー(クーポンのようなもの)が実際に使えるということが判明するまで、信頼度は晴れ時々曇り所により一時雨ってところであった。
 というのも、我々には危うい経験が過去にあるから。

 先ほどもチラリと触れたが、7年ほど前にフィリピンに行ったときに利用したのは、今はなき空間工房という旅行業者であった。当時のダイビング旅行業界ではかなり有名な会社で、ダイビング雑誌に広告が載っていないことはなく、割安な旅費を前面に押し立てた広告につられ、我々もそこのお世話になった。
 業界に詳しい友人から、なんか空間工房は危ないらしい、という情報を事前に得てはいたものの、とりあえずはクーポン券を得ることはできた。たしかにその間の電話の応対など、なんかやる気も覇気もないだるい感じは漂っていたが、まさかそんなにすぐに破産したりはしないだろう。
 そう楽観視したまま旅行に出て、とりあえず旅行参加メンバー7人は無事に旅行を終えた。
 が。
 なんと我々が現地滞在中に空間工房は夜逃げしていたのである。その情報が現地に届いていれば、我々のクーポン券はあやうくただの紙きれと化し、我々自身はセブ島近辺の海の藻屑となってしまうところだった。
 幸い何事もなく帰ってこれたのは、現地日本人スタッフも身の危険を感じ、我々とともに何食わぬ顔で帰国したからに違いない。我々が現金で払った現地でのダイビングフィーは、一人だけいたその日本人現地スタッフの退職金になったようだ。
 はたしてトランスワールドサービスは……?

 宿の予約が取れたかどうか、連絡が2週間経っても来なかったり、まだ決まっていないというフェアバンクスでの宿泊先は、こちらから催促しないと判明しなかったり、その他諸々、それがクロワッサンのようなものであると理解するまでは、またしても空間工房か、という恐れが多いにあった。
 そのせいである。バウチャーないない事件が起こったのは。

 出発8日前くらいに最終案内を届けるという当初の予定通り、ちゃんとその期日に物は届いた。たしかに航空券は入っている。が、案内に書かれている、現地サービスにて提示すべきバウチャーとやらが見当たらない。現地サービスに渡せと書いてあるってことは入っていてしかるべき。
 ついにきたか、空間工房!
 ただちに電話した。
 その日は朝一の便で島を出ていたので、島外からの電話だった。すると、トランスワールドのO氏略してトランスO氏は、
 「間違いなく入れたはずなんですけどね……」
 となかなか譲らない。
 しかし、夫婦二人が目を皿のようにして探しても見つからなかったのだ。あるはずがない。それを力説し、あらためてバウチャーだけを送ってもらうことにした。
 翌日帰宅して……。
 なんとびっくり、おもいっきり入っているではないか、バウチャーが。
 一人一人別々に冊子で分けられている案内文書の、同じ方を二人して探していたのである。宿のバウチャーであるから、2名の宿泊を明示したものは1部でいいわけで、それが一方の冊子に入っていた次第。
 ああ、なんてことだ、あれだけ勝ち誇って絶対に無いと断言したのに……。
 侘びの電話を入れると、件のトランスO氏は、
 「でしょう?」
 といいつつ、まさに勝利の苦笑いを浮かべたのであった(想像)。