まったく知らなかったのだけれど、アラスカは日本と同じく環太平洋火山帯にあたる。つまり、温泉も普通にある。
ここ数年の我々の国内旅行のテーマの一つでもあった温泉が、なんとアラスカにもある!しかも、ベテルスへ行くにしても経由することになるフェアバンクスから車で移動(1時間30分くらい)可能圏内に。
その名もチェナ(もしくはチナ)ホットスプリングスという温泉地の存在は、我々の希望滞在先を根底から覆しかねないものとなった。
これは是非調べてみなければなるまい。
前述のとおり、世の中にはオーロラフリークがゴマンといるのだが、それと同じくらい、いや、それ以上にアラスカフリークもいた。ネット上にはそれらの情報がキラ星のごとく溢れていて、チェナ温泉についてもあっという間に概要を知ることができる。
すると、なんとも魅惑的な情報が目白押し。しかもフェアバンクスから飛行機で移動する必要がないために、ベテルス滞在よりは安く長くいられる。う〜む、心はほとんどベテルスだったのに、どうしよう、なかなかチェナも捨てがたいではないか。う〜ん、う〜ん……。
もう少し調べてみよう……。
結果。
なんとチェナ温泉は、見事に日本の温泉地化している!!
当初は奥鬼怒のような鄙びた温泉であったらしいのだが、どうも情報の年代が新しくなるごとに、奥鬼怒はにわかに鬼怒川温泉化しているようなのである。今では卓球台まで備わっているとか!!
どうやらこれは、近頃急増しつつある日本人オーロラ観光団体ツアー向けの変化のようだ。日本人向けに業者が頑張った結果なのである。
努力の結果、チェナには宿泊する人はもちろんのこと、フェアバンクスから日帰り可能ということもあって、冬期になると日本からの各種団体客がひきも切らないリゾート地になりつつあるらしい。
うーむ、沖縄本島北部にある、どこかの小さな島と同じような変貌ではないか……。
また、日帰りで団体がオーロラを見に来るものだから、宿泊客はわざわざそこから遠出して別の場所まで見に行くということもあるらしい。
温泉にしてもなんにしても、団体中高年パワーの害に遭ったという旅行記もけっこう目にした。なんだかなぁ……。とっても素敵な人生の先輩はいくらでも知っているけれど、そういった方々とはまったく異なる中高年の方々の存在も知っている。そしてたいていの場合、中高年の旅行団体は後者であることが多いというのもまたまぎれもない事実である。
わざわざアラスカまで行って、傍若無人なる振る舞いをする団体おばはんやおっさんたちの洗礼を受けるなんてとんでもない話だ。フェアバンクスから車で行けるから、旅程にフェアバンクスでの宿泊を入れなくてもいいという利便さも、その分旅費が安くなるという利点も、冷えた体を温泉で!!という美点も、何もかもすべて吹き飛ぶウィークポイントではないか。
よって、アラスカで温泉にという第二計画はあっさりと却下された。
そのほか、魅力的に思える場所がいくつかあった。北極海に面したバローというところも捨てがたい。なにしろ、新田次郎著「アラスカ物語」の前半部の重要拠点である。実在の人物、フランク安田の息吹を感じるならやはりここであろう。
……と、いかにも前々から知っていたようなことを言っているが、実はアラスカ物語を読んだのはすべての旅行申し込みと支払いを終えた後だった。今さらどうしようもない時点で魅惑的な場所を見つけてしまったわけ。
でも、結果的にはバローにしなくてよかったみたいである。
まぁ、行ったことがないから実際はどうだかわからないけど、後日聞いたところによると、バローはけっこうな街であるらしい。そのためオーロラ観測の際には街から離れたところまで行かねばならず、ベテルスに比べれば、オーロラの観測という意味においてはかなり不便であるとのこと。
というわけで、ややぶれながらも概ね行き先はベテルスに定まった。
あとは、二の句がつげないほどの驚天動地の弱点がないことを祈りつつ、情報収集につとめた。
……といっても僕がやることである。他者なら100得られるところを1つずつ知識としていったので、時間をかけても大したことはわからない。旅行申し込み前に知りえたことは、以下のようなものであった。
●人口50人の村である。
●北極圏内である。
●フェアバンクスから小さな飛行機で1時間ほどである。
●宿泊先は、伝統あるロッジである。
●リピーターが多いらしい。
●村には外食できるところも金融機関も何もない。
●病院がないため、重病になると厄介である。
●オーロラ観察に向いている。
●日本人スタッフがいることもあるらしい。
●寒い。
●遠い。
●ルル
●ラララ……
とまぁ、こんな具合。チェナのような致命的な弱点はないし、それどころか水納島に住んでいるものとしては理想的な環境のような気がする。こういうことは迷っていたら決まるものも決まらないのだ。もう他は気にするまい。よし、宿泊先はベテルスロッジだ!!
行き先は決まった。
次はそこに何泊するか。
先にも述べたが、オーロラ観察の場合にネックとなるのは天候である。曇っていたり雪であったりしたら観られない。場所によっては晴れても見られないってことがあるそうなのだが、ベテルスの場合は、晴れさえすればほぼ確実に見られるのだそうである。晴れさえすれば…。
天気のことは神様に聞くしかしょうがないとはいえ、工夫次第でいくらかでも可能性を高めることはできる。
アラスカの気候を調べてみると、3月がもっとも安定していて晴天率が高いらしい。しかし、いかなのんきなクロワッサンとはいえ、3月にアラスカに行っている場合ではない(7年前には3月にフィリピンに行ったけど…)。それに、うちの奥さんの誕生日を利用したバースデー割引を使って本土に行く以上、旅程は1月下旬に限定される。
毎日晴れているわけではなさそうなその時期に晴れた日を求めるなら、なるべく長く滞在したほうがいいということになる。2泊よりは3泊、3泊よりは4泊、4泊よりは5泊………。もちろん10泊すれば間違いなく晴れの日にあたるだろう。が、北極圏の宿である。生活物資を空輸しなければならないような場所の宿は、一泊あたりの料金もまた、けっしてお安くはない。
ルリコンゴウの代わりとして拠出された予算が許す範囲は、晴れ遭遇確率的には微妙なところではあるものの、ベテルスに5泊ということに落ち着いた。
行き先は決まった。滞在日数も決まった。あとは出発日である。
これもまた本編で触れるが、オーロラの光は、写真やテレビで見る限り、力強く輝いているようでもあり、はかなく消え入りそうな光でもある。いったい、実際はどうなのだろうか。
ただひとつハッキリしているのは、その見え方は月明かりに大きく左右されるということだ。
満月の明るさでは、オーロラの出方に関係なく薄く見えてしまう。逆に、新月なら薄いオーロラでさえハッキリ見える。であれば、新月〜半月の月齢を選べばいい。
よし、1月22日が新月だ。その日には落ち着いていたいから、21日(日本時間22日)に現地に到着するようにしよう。となると、成田出発は20日。
だんだん形が見えてきたぞ……。