ハワイ紀行

〜またの名を暴飲暴食日記〜

12月2日(木)

クーポン券を無駄にするな

 階が高いからかどうか、部屋の窓は開かない仕組みになっている。換気をしようにもそんな装置はなく、メリハリのないエアコン装置があるだけである。未明に一度目が開いてふとそんな環境を意識した途端、急速に息が詰まるような感覚に見舞われた。普段隙間だらけの家に住んでいると、完全密閉の空間というのは無性に息苦しいのだ。潜水艦や潜水艇には絶対乗れないに違いない。そんな寝苦しい部屋で悶絶しながらもどうにか朝を迎えたら、外はすっかり雨模様になっていた。

 二日酔いというほど酒が残っているわけではなかったが、食い過ぎたせいで腹は全然減っていない。しかしこの2泊3日のクーポン券は朝食付きなのだ。みすみすパスするのはもったいない。

 普段家では朝食はとらないのに、タダだからといって必死こいて朝飯を食うというのもさもしい気がする。けれど外食ができない水納島で、ほぼ毎日飯を作っているうちの奥さんにとっては、自分で作らなくていい食事というものは無上のヨロコビである。しかもそれがタダだとくれば、なおさらだ。

 しかもビュッフェだから、少量ずついろいろなものを食べることができる、というのもうちの奥さんのヨロコビであった。こういうところは是非とも空腹状態で来てみたい。万全の状態でトライしたいものである。

サンシャイン国際水族館

 部屋に帰って一服後、サンシャイン国際水族館に行くことにした。なんてったって国際である(私はほかに東京で「国際」という称号がついているレジャー施設は国際マス釣り場しか知らない)。ご存じの方も多いと思うがうちの奥さんはかつてこの水族館で飼育のスタッフとして勤務していて、今もおつきあいのある方々が勤務されているのでタダで入れるのである。もちろん私もおまけで。

 かれこれ数年前のことだがサンシャイン水族館はかなり大幅にリニューアルした。これがかなりよいもので、以前の状態(イシダイのショーとか電気ウナギの実験とかがあった頃)しか知らない人はぜひ時間を見つけて行くことをおすすめする。巷には水族館を否定するにわかエコロジストがいるし、否定されてしかるべき水族館も日本には多いだろうけれど、リニューアル後のサンシャイン水族館は一見の価値がある。もちろん2度3度見てもいい。

 朝早い時間だったからかいろんな動物に餌をやっていて、水族館には縁のなさそうなショウジョウトキやオオハシ、ミケリス、グリーンイグアナなど、普段は置物のようにじっとして動かない小動物たちが活発に動いていたので楽しかった。しかしそれ以上に、なんといっても1種類ごとに分けて展示されている9種類(だったかな?)のヤドクガエルが秀逸だ。餌のショウジョウバエを入れたばっかりだったのだろうか、いつもは単にじっとしているだけなのにやけに活発で、ハエを見つけてはパクパク食っていた。その体色たるやすさまじく、地球上に存在するあまたの動物たちの中で、かろうじて理解し合えるのはウミウシたちぐらいだろう。3〜5センチほどの小さな体のくせに、種類によっては10人くらいを死に至らしめるほどの毒を持つというこのカエル、これだけ一堂に会すると見応え十分だ。

 そうそう、館内の各所に飾られている海中の写真、一目見て、あれ、どこかで見たことがあるような風景、と思われた方がいるかもしれない。そんなあなたはスルドイ!!実は何枚か水納島で撮影された写真も含まれているのだ。どれが水納島の写真かわかった方は、売店で告げるとアイスクリームがもらえるよ……ってそんなわけないか。

ビアマーケット貘

 一通り堪能して水族館をあとにし、今晩の飲み会の場所の下見をすることにした。水納島から予約した店だ。どうして水納島にいる人間が池袋の店を探して予約しないといけないんだ、という気がしないでもないが、池袋で飲もう、というのは単に我々二人のワガママだからしょうがない。

 それで、あらかじめインターネットで探して予約をしておいたのだ。電話を受けた店の人も、まさか水納島からかかっているとは思わなかったろう。

 当然ながら行ったことはないので場所を知らない。有楽町線の出口から徒歩1分とあったから、これは駅から近いのだろう、と勝手に判断しただけである。下見に行くと、たしかに地下鉄の出口からはものの30秒のところにあった。が、しかしである。その出口がホームから滅茶苦茶遠い!!

 言われてみれば、その出口は他と違って出口番号の前にCとある。C1番、C2番という具合だ。でもCじゃわからんだろう、普通。「遠」とか書いてくれればいいのに。ホームからその出口までは、一駅分くらい歩いたんじゃないかというくらいだったから、「遙」でいいくらいである。今晩来るメンツの中には、きっと迷うやつがいるに違いない、と我々は確信した。

 さらに驚いたことに、出口から出てあたりを見回すと、なんとそこは私が以前勤めていた会社の目の前だった!!当時は地下鉄の出口がこんなところにまで来ていなかったから、事前にはまったく気づかなかったのだ。

 場所もわかり、所要時間も見当が付いたのでいったんホテルに戻り、部屋で体力を温存することにした。田舎者は人混みを歩くだけで人一倍疲れてしまうし、ときおり出くわす妖怪女(ガングロ女)が気持ち悪くて仕方がない。

都会生活不適格者

 今日集まる予定のメンツは、琉球大学のダイビングクラブだった連中だ。みんな田舎で青春時代を過ごしたくせに、ちゃんと都会に適応しているのだから大したものだ。私などさしずめアウト・オブ・バーンズ、というところだろう。

 店は7時から、ということで予約をしていたが、平日の晩にこの近辺に勤めているわけでもない皆が7時に来れるわけはない。早めに行ったらきっと誰もいないだろう。でも、みんなが来る頃にはできあがっていればいいや、と開き直って店に入ると、驚いたことに先客がいた。ミスター杉森である。

 彼は我々の学生時代の友人というわけではないが、昨年、一昨年と長期に渡って水納島で我々を手伝っていてくれたから、必然的にうちに遊びに来てくれたいろんな人間と面識があって、今日来る面々の半分以上と知り合いなのだ。

 しばらく3人で飲んでいるうちに、一人、また一人、とメンツが増えていき、なし崩し的に飲み会は始まっていた。我々の心配をよそに、みんな迷わずたどり着いてくる。みんな都会人なのだ。なかにはわざわざ休みを取って、鳥羽から新幹線に乗って酒を飲みに来たT村氏や(彼は田舎人だが)、無理矢理出張を組み込んで社費で福岡からやってきたクロワッサンアイランド西日本営業部長U田氏もいた。久しぶりに会ったケンタローはすっかり元に戻ってふくよかになっていた。

 ちなみに、4,5年前ならこういう席にはカワイイカワイイ女性が何人もいたのだが、時の流れは彼女たちをみなカアチャンにしていて、揃ったメンツはうちの奥さんをのぞき、むさ苦しい男どもばかりである。学生時代はいつもそうだったが。

 そうやってみんな普通に迷わずたどり着いている中で、たった一人だけ、おかしなヤツがいた。彼が誰よりも遅く店にたどり着いて口にした言葉は

 「C1の出口、っていうのは覚えてたんやけどぜんぜん店ないやん!」

(一同)「……………」

 店などあるわけがないのである。出口はC2、もしくはC3なのだから。彼にもちゃんと伝えてあったのに。しかも彼は店の名前すら覚えておらず、電話番号のメモすらなく、参加者の誰の携帯電話の番号も知らず、店から目と鼻の先の出口に出ていながら45分間もさまよって死にそうになったというのである。首都圏に勤め始めてかれこれ10年になろうというのに、彼はまったく学生時代と変わっていない。というより進歩がない。一児の父は、あいかわらず都会生活不適格者なのであった。

 やはり平日ということもあって、暇なのは我々だけ、という歴然たる事実を終電間際に思い知らされた。皆それぞれの家路につき、残ったのは鳥羽からやってきたけど今晩のあてがないT村氏と、目下無職のN氏および我々二人。ホテル方面へ戻りつつどこかに入ろうか、と4人でさまよっていたら、結局ホテルまでたどり着いてしまった。仕方なく売店で酒を買い込み、部屋で飲むことにした。なぜか絶好調の私は朝まで飲める勢いだったのだが、やはり遠出をしてきたT村氏は、2時を少し過ぎた頃ろうそくの火が消えるようにスーッと眠りについてしまった。日本の労働者は疲れている。

12月3日(金)へ