11・人生上々日の出劇場

 そして翌日……。
 実は昨夕、姫と約束していた。
 日の出を見よう!………と。

 宿は島の東側にあるので、夕陽を見られないかわりに、日の出は宿にいながらにしてたっぷりと見ることができるのだ。
 水納島にいると、どんなに早起きしても太陽は本島越しにしか出てこない。海から上る太陽を見る機会がないのだ。

 その点ここだったら、見渡す限りなんの障害物もない。
 これを見逃す手はないじゃないか。
 日の出は6時30分頃だろうか。
 よし、じゃあ6時に玄関に集合しよう。そして来なかったら起きている者が一人で勝手に行こう。

 そう決めた。
 花より団子のリョウ君は最初から興味なし。朝に弱いオチアイははなからやる気なし。
 残るはうちの奥さんと僕と姫だけである。

 前夜人一倍酔っ払っていた僕。はたして姫との約束どおり起きることができるのか?

 鈍器で後頭部を殴られたかのような睡眠からパチッと目覚めたとき、すかさず時計を見ると……

 5時45分!!

 俺ってすごい!!
 少なくともただの酔っ払いではないことだけはたしかだ。
 隣を見ると、うちの奥さんはカエルのような格好で寝ていた。ちょこっと起こしてみると、

 「ムニャ?起きたの?すごいねぇ……ムニャ。」

 どうやら起きる気はないらしい…。

 さすがにけっこう疲れていたろうから、姫も起きてはいないだろうなぁ……。
 しょうがない、一人で見に行って写真撮ってあとで自慢するか……。
 そう覚悟しながら洗顔していると、ひょっこり姫が現れた。

 お!起きてたの!?

 「うん…。」

 起きててくれたというヨロコビを素直に表せないまま、「起きたばかりで目腫れてないか??」とからかうと、

 「随分前から起きてたから大丈夫だよ」

 聞けば、3時半ごろに目が開いてからずっと起きたままなのだという。横になって海風に当たりながら夜の海を見ていたのだそうだ。
 旅行中だからそれなりに高ぶってたのかなぁ…。すまんね、オッチャンは爆睡してたよ…。

 念のためにもう一度うちの奥さんを覗きに行くと、まだカエルのポーズをしつつ、

 「いってるぁっしゃはぁい…ムニャ」

 どうやら気を利かせて二人きりにしてくれるらしい。

 よし、じゃあ行こうぜ、姫!

 ひっそりと静まり返った宿から出ると、東の空にはうっすらと黎明の兆しが。
 昨夜流れ星を見た防波堤に行ってみた。

 さて。
 真東…というか、太陽が昇るところはどこだろう?
 なんか、東の空の明るくなり方加減を見ると、なんとなく、ちょこっと張り出した岬の向こう側のような気がしなくもない。
 ここで待っているか?
 それともあっちまで歩いてみるか?

 歩いてみることにした。
 刻一刻とオレンジ色に染め上がっていく東の空を眺めながら、テクテクと誰もいない砂浜を歩いた。

 ………おいおい、なんだかドラマの1シーンみたいじゃないか。
 そこで交わされている男女の会話は、恋についてか人生か。

 残念ながら、見事に起きたとはいってもまだ酒の匂いを周囲にぷんぷん撒き散らしているおっさん相手では、いかに状況がロマンチックでもそんな話になるはずはない。
 話題は昨夜の僕の酔態についてなのだった。

 姫が二十歳になったら、いつかどこかでお酒を飲もう!という約束を一方的に彼女としてあるのだが、

 「やっぱやめよっかなぁ……」

 うーむ……。

 「酔っ払った植田さんは傍から見てる分には楽しいけど、関係者になるとウザイ」

 ああ……。
 世の酔っ払いとはえてしてああいうものなんだけどなぁ……。
 いや、そうだった。
 僕も子供の頃には酔っ払っている父を見てはそう思ったものだった…。
 よし、これからはジェントルマンとしてクールに飲める大人になろう!
 ……という誓いは、一夜にして3万光年彼方に去っていったのはいうまでもない。

 そうこうするうちに、随分歩いてきてしまった。
 そこまでは砂浜だったのが、その先は岩場。角度的に、これ以上進む必要もないだろう。

 朝焼けの空が徐々に赤く色づきはじめてきた。
 酔っ払いと罵られようとも、海風を浴びながらここにこうして姫と日の出を待ちつつ座っている時間というのは、なかなかどうして素敵じゃないか。
 そのヨロコビを体で表現してみた。


撮影:ナァナ

 白々と開けていく東の空。
 ほら、一秒ごとに空の色も雲の色も変わっていくよ、姫。

 「ホントだ!!」

 姫も曙光に色づく雲を写真に収める。

 昨夜防波堤の上で寝転んでいたときも人生上々って感じだったけど、今この時この瞬間も、オッチャンはジンセイのヨロコビに満ちていた。

 ところで、日の出。
 水平線上に雲があった。
 そのため、太陽が丸くポッカリ顔を出すスペースがない。
 それでも、水平線の雲の切れ間から、ついに太陽が!!

 あれ??
 あそこから出てくるの?
 ……ってことは、つまりその……

 「ここまで歩いてこなくてもよかったんじゃんッ!!」

 またしても姫に怒られる僕。
 まぁいいか、それはそれで楽しかったし。<僕だけ

 そろそろ潮が満ちてくるので、この岩場にいられる限界が近づいてきた。
 ボチボチ撤収するか。
 でも、ひょっとしてあの雲の上から太陽が顔を出すとき、我々は角度的にちょうど見えないところにいるんじゃないか??

 テクテク来た道を引き返すと、案の定だった。
 再び太陽を拝み見たときには、すっかり朝日になっていた。


あの木々が見えるところの向こう側まで行っていた我々……。

 まあ、なにはともあれ、今日もいいお天気でよかったよかった!! 

 宿に戻ると、さすがにうちの奥さんは起きていた。
 でもリョウ君は寝ていた。
 これがもう、カワイイのなんの。

 姫によると、昨夜はリョウ君も興奮冷めやらぬままなかなか寝付けなかったそうで、寝たのは1時半ごろじゃないかということだった。
 だったらまだまだ眠いだろうなぁ。寝かせておいてあげよう。
 でも。
 あまりにかわいいので、姫とかわりばんこでリョウ君と添い寝して遊んでみた。

 そうやって遊んでいると、洗顔を終えたうちの奥さんが顔を出し、

 「散歩してくるね」

 と言って去っていった。
 おっとおっと、こりゃグズグズしていられない。
 姫、今度は本妻のケアをしてくるからね。ヤキモチやいちゃだめよ。<やかないよ!!

 ちょっと遅れて外に出てみると、うちの奥さんも海辺の道を歩いていた。
 浜に降りよう。
 もう太陽はすっかり昇っているけれど、空気はとても清々しい。
 爽やかな朝の日差し、希望の光。
 朝日にきらめく浜辺をテケテケ散歩してみた。
 朝の浜辺って、いつ歩いても気持ちがいいなぁ…。


人生は上々だ!