13・さらば伊平屋島

 かなり充実した気分で練習試合会場をあとにした我々は、再びホテルにしえを目指した。
 チェックアウトは済ませてあったものの、卓球後にシャワーを使わせていただけるようお願いしてあったのだ。

 ひとっ風呂浴びて宿の庭で涼みつつゆんたくしていると、フェリーの時間が迫ってきた。
 そろそろターミナルへ行かねばならない。

 ターミナルで忘れてはならないことがあった。
 みなさんは忘れていたろうけれど、リョウ君はしっかり覚えていた。
 そう、試食したお土産である。
 約束どおり、彼は再びおばちゃんとトークしながら、しっかりモズクのお土産を買っていた。
 お土産屋さんのおばちゃんと、普通に世間話をしながらお土産を買うことができる小学4年生を、僕はほかに知らない。
 姫が通りすがりの人と自然に交わす挨拶もそうだけど、これは彼らが水納島で自然に見につけているものである。同学年、同年齢の子たちと比べていつも彼らが大人びて見えるのは、小さい頃から自然に社会人として訓練されているからに他ならない。

 そうやってターミナルのお土産屋さんを物色したりしつつ遊んでいると、チカ先生が来てくれた。
 姫が船に酔うというので、ちゃんと酔い止め薬を持ってきてくれた。
 さすが養護の先生。

 見送りに来てくれた先生に、お土産をオネダリするキッズたち。そしてその期待に応えるチカ先生。
 その、キッズがオネダリしたアクセサリーがなかなかシャレていて、もう一人オネダリする人がいた。
 うちの奥さんである。
 マネしてうちでも作ろうという気らしい。
 さすがに先生に買ってもらうわけにはいかないので、仕方なく買ってあげることにした。

 ひととおり買い物を済ませ、みんな揃ったところではい、パシャッ!!

 いよいよ乗船だ。
 お土産の石が大量にバッグに入っているリョウ君は、一人では持ちきれないほどの重さにヒィヒィ言いつつ、ガンダルフの杖を支えにして歩いていた。
 そう、彼はついにこのガンダルフの杖をここまで持ってきたのである。そのうち飽きてポイッと捨てるかなと思っていたのに、なんと彼はそれを杖や武器にして遊びつつ、ついに水納島のおうちにまで持って帰ってしまったのだ。
 今のところまだ健在とのことで、ガンダルフの杖はどうやら彼の伊平屋での思い出の品になっているようだ。

 かつて知ったるフェリー伊平屋、荷物をまとめて置いたあと、帰りは3階デッキでのんびりすることにした。
 船が出港する。
 チカ先生とお別れだ。


ありがとう、チカ先生!!

 船はゆっくり岸壁を離れていく。
 15分で到着する水納丸と違って、さすがに1時間20分の彼方にあると思うと、船で去るというのはなかなか旅情がある。
 見慣れた……というほど長滞在したわけではないけど、さっきまでそこにいた風景が徐々に遠ざかっていく。
 水納島から目に見える近さにありながら、もう2度と来ることはないかもしれない。
 そう思うと感慨も深い。
 さらば伊平屋島。素晴らしい思い出をありがとう!!

 フェリー伊平屋は晴れ渡る空の下を軽快に進む。
 11月だというのにかなり強い南風が吹いているので、アゲインストで走っている船に乗っていると風がさらに強い。
 そんな船のデッキの上で、我々大人はとりあえず遠征の成功を祝し、乾杯した。


姫は持っているだけです…。
(撮影:オチアイ)

 行きで懲りたので、宿の近くのスーパーでビールとつまみ代わりの軽食を用意しておいたのだ。
 あ、キッズ用のソフトドリンクを忘れいていた……。
 すまんね、キッズ。
 まぁ、飲みたきゃ船に自販機があるんだからそれくらい自分で買いなさい…。

 行きでもうフェリーでの時間には慣れていたので、帰りはもう、めいめいが自由に過ごした。
 姫は酔いを防ぐためと、寝不足ってこともあるのでリクライニングのある客室で睡眠。
 リョウ君は雑魚寝部屋で横になりながらテレビ鑑賞。
 オチアイもいつの間にか睡眠。
 我々夫婦だけ、しつこくこのデッキでビールを飲んでいた。
 だって気分いいんだもの、このデッキ。もっと気の効いた肴があれば、さらに飲んでいたろうなぁ。

 すると、おもむろにリョウ君が現れた。

 「お腹減った!」

 おお、だったらカマンベールチーズパンがあるぞ。

 「いただきます!」

 モグモグモグモグモグ………

 「これ全部食べていいの?」

 おお、いいよ。

 モグモグモグモグモグ………

 「ごちそうさまでした!」

 言うが早いか、彼はまた戻っていった。
 食うためだけに来たらしい………。

 しばらくしてから、みんなの様子を見に行ってみた。
 リョウ君は相変わらず雑魚寝部屋で横になりながらテレビを見ていた。
 ほかにたくさん人がいるところでも、屈託無くゴロリと横になってくつろいでいる。
 姫はグッスリお休み中だ。寝不足のまま卓球をしたのだから無理もない。
 コーチオチアイも眠っていた。
 フムフム、のどかな航海だ。

 荷物から本を取り出し、うちの奥さんがいるデッキに戻った。
 横になりながら本でも読もう。

 2ページほど読み進んだだけで、すぐに眠りに落ちてしまった。
 晴れ渡る空、暖かい海風……。
 世はおしなべてこともなし。

 船は心地よい揺れを提供しながら、静かに運天港を目指していた。