16・祝宴〜THE LONGEST DAY〜

 ホテルに戻ってきた。
 朝出かける前の絶望にも似た緊張感から一転、体中に漲る充実感が心地いい。
 これ見よがしに完走メダルを首にぶら下げたままホテルに入ると、フロントのおねーさんたちが、

 「おめでとうございます!」

 鼻たーかだっかー♪
 そこでちょっと気取って「やぁ、ありがとう!」などとクールに応えつつ、颯爽とロビーを横切れればよかったんだけど……
 ……体が思うように動かない。
 2体のC−3POは、ぎこちなくヨレヨレとエレベーターに乗った。

 満足に体は動かないとはいえ、ともかく戻ってきた。
 今宵に備え、今はただただ、風呂に入ってグデーッとしていたい。

 そう、今宵は本日のメインイベントだ。
 7時半に「あだん亭」集合!!
 

 …と昨日のうちに決めておいたとはいえ、実を言うと昨日まで、いや、今朝までの僕はまったく自信がなかった。
 完走できるできないに関わらず、そんなに走った日の晩に、はたして居酒屋で飲食できるのか??

 一度横になったら二度と起き上がれないんじゃなかろうか…という一抹の不安があったのだ。現に今も風呂から上がってベッドに倒れこんだのである。
 ところが高揚感のせいなのかなんなのか、自分でも不思議なくらいにエネルギーがある。
 意外や意外、けっこう体が生きている??

 マラソン自体にはかすかな影響しか与えなかったかもしれないけど、ここに至るまでの鍛錬の日々は、けっして無駄ではなかったのだなぁ……。
 というか、それもこれも、「完走した!」っていう成果のおかげに違いない。

 そうやってホテルの部屋でゆっくり過ごすうちに、今宵に対する不安は完全に払拭されていった。
 さあ、祝杯だ!乾杯だ!!打ち上げだ!!!

 またしても島P夫人カナエ嬢に送ってもらい、彼女はいったん家に戻るので先に我々夫婦だけ店に入ると、案の定まだ誰もいない。
 まぁ、ビールでも飲みますか、と言っているところへ、サンシャインチーム登場!!

 ほんとにもう、熱い男・マサカッちゃんがいなければ、僕の完走はなかったかもしれないのだ。
 もし完走していなければ、当然ながらこの旅行記も存在してはいなかったろうから、ひいては全読者15人ほどの恩人なのである。
 それに、沿道から声を掛けてくださったみなさんもありがとうございます!!

 そんなこんなで祝杯!!

 ……とやっているところへ島P一家登場!!
 なんだかんだいって、今回だんなと会うのはこのときが初めてだ。

 そうこうするうちに、えび屋−Mさんが大量の車えびを抱えてご来店!!
 その車えびたちが、お寿司からエビチリに至るまで、あだん亭厨房の威信をかけた数々の料理となって、これでもかというほどにドドンとテーブル上に並んだ。

 車えび美味い!!

 その後さらに、昨年華燭の典を挙げられたばかりの石垣在サンシャイン関係者(水納島来島歴あり)が訪れ、さらにさらに、前述のTさんも本当に駆けつけてくれ、座は大いに賑わったのだった。


顔がでかい僕が手前に来ると、
この座敷がまるで12畳くらいあるように見える……。
撮影:あだん亭ママ

 「ダイビングクラブ&琉大OBって、石垣にたくさんいるんだねぇ!」

 驚くYさん。
 そうなのだ。
 ここに集まっているメンツ以外にも、昼間沿道で応援してくれていたふくみみ一家をはじめとして、どういうわけか石垣島にはまだまだたくさんいる。

 もともとこのあだん亭はYさん夫妻とマサカッちゃん夫妻の4名で予約を入れていた店である。
 本来であれば彼らは、マラソンの疲れを癒しながらゆったりのんびり過ごせたことだろう。
 しかしあとから我々が加わったものだから、4名でゆったりできる個室チックなところに、ドドンと12名もの人数が集うことになってしまった……。
 かつてYさんが東京にいらっしゃった頃、彼の秘蔵の飲み屋をことごとく荒らしてまわった我々夫婦。ここでもまた彼の安らぎの飲み空間を侵略してしまったのか??

 かといってサンシャインチームとダイビングクラブOBチームでくっきり色分けされているかというとそうでもなく、サンシャインの旗頭Yさんは、実は当サイト掲示板でお馴染みの環礁沿いの住人さん(我々や島P、そしてえび屋−Mさんの先輩)のお友だちで、すでにえび屋−Mさんは環礁沿いの住人さんともどもYさん亭にお邪魔したことがあるのだそうだ。

 また、Yさんのバドミントンの履歴を知った島P夫人カナエ嬢は、さっそく熱烈なラブコール攻撃。

 「もう肩が痛くて上がんなくなってから全然やってないよぉ」

 そんなYさんの謙遜などには聞く耳持たず、早くも一週間の活動予定を伝えていた。

 おお、そういえば。
 
17年前の我々の披露宴の際には、えび屋−Mさん夫妻が仲人として、そしてYさんも新婦側主賓として夫妻で、ともにお忙しい中ご足労いただいたのだった……。

 そういう意味ではまったく面識がない者同士のはずの島Pとマサカッちゃんが……というか、もっぱら島Pが一人トークのような状況だったのだが……なにやら大いに盛り上がっていた。
 聞けば、なんと島Pは今、石垣ローカルのFMラジオで月に1、2度ほどパーソナリティを勤めているというのだ。
 石垣地方に限らず、日本全国津々浦々の面白おかしき話なり宣伝なりなんでもOKだから、マサカッちゃんの職場であるしながわ水族館の宣伝でも何でもできる!!……のだそうだ。

 この島P、学生時代はそれほど酒に強いわけではなかった。
 むしろ弱かったといってもいい。
 酒が進むにつれてどんどん静かになっていく…という傾向があったため、飲んだらつまんなくなるから君は飲むな、と周りから言われていたくらいである。

 ところが、職場で募るストレスがアルコール分解酵素を培養しまくったのだろうか。社会に出て、それも石垣に越してきてからというもの、飲めば飲むほどに、話し出したら止まらないエンドレスリピートトーカー男になった。

 そのためにぎやかな宴席になると、夜が更け、さらに空が白々と明るくなり始めるまでの間に、少なくとも7回くらいは彼の同じ話を聞く破目になるという。

 ひょっとして、キノッピー?

 そういえば以前水納島に遊びに来た際も、ゲストのDucky隊長相手に延々と話し倒していたっけ。

 そんな彼も四十を過ぎ、二人の娘もすっかり大きくなった安心感からだろうか、相変わらず飲めば爆裂トーク男になることには変わりはないものの、リピート無しですぐエンド男になったらしい。

 この日の彼は、初対面のマサカッちゃんをいつの間にか「鈴P」呼ばわりしていて(彼の苗字は鈴木という)、おお、さすが爆裂トーク男、今宵もこの調子で突っ走るのか??
 と思いきや。

 後刻、じゃあ2次会へ行きましょう!!というとき、彼は消火栓の標識とお友達になっていたのだった。


ZZZ………。撮影:オタマサ

 かくいう僕も、まるで盛岡のわんこ蕎麦のような手際の良さで注いでくださるTさんの洗礼を24年ぶりに受け続け、いつの間にかたらふく飲んでしまっていた。
 いやあ、美味しいお酒だなぁー!!

 こんな楽しい宴席で、にぎやかなお酒が大好きなえび屋−Mさんが黙っているはずはない。
 1次会がお開きになったあと、彼の陣頭指揮の下、ディープな石垣の夜を過ごすべく2軒目にうってつけのお店に連れて行ってくださった。

 消火栓の標識とお友達になっている島Pはさすがにダウンかな、と思ったらしっかりがんばっている。
 彼はこの日、シフト的には本当は仕事だったところを、我々に合わせて無理に休みにしてくれていたのだ。
 そんな心配りをしてくれるくせに、飲み始めると誰よりも真っ先に寝てしまうのはなぜ?

 そんなこんなで、ショバを変えて二次会に突入。
 えび屋−Mさんに連れてきてもらったお店が、これがまたホントにディープなお店だった。
 いわゆるひとつのスナック系のお店である。
 でも我々は久しぶりの再会なので、別にオネーチャンがそばにいなくとも…いや、むしろいてくれないほうが話に花が咲くというモノ。

 ところが僕の隣には、「元気がなくなってジョークが言えなくなった若い頃の仲田幸子」のようなオバチャマが座るや否や、静かに「いただきまーす」などと自分で酒を作って飲んでいるではないか。

 でもこの日はホントに久しぶりに会う人たちばかりだったので、ついつい元気のない仲田幸子に背を向けてみんなと話を弾ませていると、背後からその仲田幸子が湿っぽく言うのである。

 「…なんか、みんなで盛り上がって誰も相手してくれないからつまんなーい」

 危うく絞め殺してしまうところでした……。

 まぁしかし、これから日本が迎える超高齢化社会を鑑みれば、いつ自分がそういう立場になるかわかったものではない。
 なので、仕方なく、仕方なく、あくまでも仕方なく、元気のない仲田幸子の相手をしてあげたのだった。<どっちが客やねん……。

 最近はこういう飲み屋さんも不況のせいで相当苦しいらしく、景気のいい頃だったら客にドンどこ酒を飲ませていればそれでよかった。
 しかし今の世ではそれだけではさすがにお客さんが来なくなり、ついにはスナックらしからぬ凝ったメニューを出すようになっているのだそうだ。
 だから2次会3次会で来るよりも、最初からこの手のお店で飲食していたほうがよっぽど安くつくという。

 たしかにここでも、まさか食せるとは思わなかったヒージャー汁をはじめ、居酒屋と変わらぬグレードの品々をいただいてしまった。

 いやあ、それにしても。
 まったく今日は、なんと長い1日だろう。
 というか、過去にいくつもアップしてきた我が旅行記にあって、これほど「1日」にページを割いたことが他にあっただろうか。

 「フルマラソン走ったのに、二人とも元気だね!」

 2次会がひらけた午前2時頃、これまた人一倍元気なカナエ嬢が言う。
 うーん、たしかに元気だなぁ。 
 疲労が蓄積していてもなお夜毎飲むというのは、シーズン中ならいつでもフツーにやっていることだからなぁ。
 マラソンはヘナチョコでも、そっち方面に関しては多少の自信があったりする。<いったい何屋だ?

 そうそう、今さら言うけど、実はこの日はうちの奥さんの誕生日だった。
 過去四十ウン年間、誕生日の記憶はいろいろあるだろうけれど、この日もまた、けっして忘れえぬ誕生日の一つになったことだろう。