3・困ったときのロッキー頼み

 自分のカカトの病状を知って愕然とした僕は、しょうがないので己の肉体に「安静」を与えるべく、大会までの一週間を休養にあてることにした。

 受験勉強じゃないんだから、今さら直前の一週間で能力がアップするなんてことがあるはずはない。
 とはいえ、それまで長くても3日しか空けなかったブランクが一週間以上となると、これまで何の問題もなかった心肺機能に関してもなんとなく不安になる。

 かてて加えて、カカト痛。
 院長にマッサージしてもらったあたりを自分で精力的に毎日モミモミし、うちの奥さんの本に載っていた足裏のための運動やマッサージを繰り返す日々。
 ああそれなのに、歩くとやはりちょっとカカトに違和感がある状態は続いている。
 実際に走るとどうなるかは、まったくの未知数だ。

 それやこれやの不安を抱えていると、さらにあちこちの神経が過敏になる。
 なんだかここも変なような、あそこがおかしいような………
 ………体のあちこちから悲鳴が聞こえてくる気がしてくる。

 一方、うちの奥さんは。
 これがまた、見るからに順調そう。
 本島本部合宿で
20キロ走ってみた際も、なんだか体も疲労度も軽そうで、その後も順調に練習を続けている彼女は妙に余裕たっぷり。

 おまけに、「まず格好から入る!」と宣言した彼女は、マラソン本を参考に、なにやらエレキングを操っている宇宙人が着ていたようなウェアや、専門店でスタッフのアドバイスを受けながら選んだシューズまで購入しているではないか。

 うーむ………。

 まぁしかし、市民マラソンというモノは本来楽しく走るものなのである。
 ましてや、タイムをシリアスに競い合うわけではない市民ランナーの末席にいる僕が、いまさら何をそんな深刻に考える必要があろうか。
 限界に達したらリタイアすればいいだけじゃないか。

 そう開き直ったのも束の間。
 関係各方面からの励ましの声が……。
 しまった………僕はすでにフルマラソン参戦をいろんな人に表明していたのだ。

 なかでも開催地石垣島に在住の友人知人諸先輩の方々は、わざわざ当日沿道から声援を送ってくれるという。
 横断幕まで作って……。
 「27.5キロ地点でバナナ持って待ってまーす!」
 という、えび屋−Mさんの声まで。
 ここで新たなプレッシャーが生まれてしまった。

 みんなが待ってくれている所にすらたどり着けなかったらどうしよう??

 27.5キロとなると、ヘタするとたどり着けないかも……。

 なんかかっこ悪いなぁー。

 知人が誰もいないどこか辺境のマラソン大会だったら、恥も外聞もなく即座にリタイアできるというのに、こうなるとさすがに少々の見栄を張らねばなるまい。
 その見栄のためにヘタすると死んでしまうかもしれない……。

 そんな弱い心を払拭する方法は一つしかない!!
 そうだ、そんなときにはこれを観ろ!!

 練習中も、ラスト一周といった気合の入れ所では必ず、わざわざポッケのウォークマンを取り出し、ピポパッと選曲して聴いていたロッキーのテーマ。
 これほど体中に力が漲る音楽を僕はほかに知らない。

 という意味では、1作目の「ロッキー」でもよかった。しかし四十過ぎのロートルとしては、ここはやっぱりファイナルでしょう。

 というわけで、出発前夜は景気づけに「ロッキー・ザ・ファイナル」を鑑賞したのだった。
 うちの奥さんも一緒に観ていたんだけど…………
 寝るかフツー??
 ロッキーを観て寝てしまえるヤツを僕はほかに知らない。

 寝ている彼女をよそに、ドドンと盛り上がりながらラストを迎え、いやあ、俺はやるぞやってやるぞ!!と体中に気合が漲ったところで………
 ハタと気がついた。

 ボクシングって、12ラウンド戦ってもせいぜい1時間じゃん。
 俺は完走するためにはおそらく6時間も走らねばならんのだぞ………。

 再び前途に暗雲が立ち込めるのであった。