16・ロケ地めぐり・4

 いったん山を降りたタクシーは、再び違う山を登り始めた。
 目指すはフォルツァ・ダグロ。

 このあたりは標高400mほどの小高い山が背比べをしているかのように寄り添っていて、そこに海からの湿った風が吹き寄せるせいか、下界は晴れているのにこのあたりだけ雲が集まる、ということが多いらしい。
 たしかにさきほどのサヴォカにしてもここフォルツァ・ダグロにしても、ところどころ雲の中になって、雲が切れたらラピュタが出てきそうな不思議的空間になっていた。

 そのフォルツァ・ダグロの町は、このように細長い。

 右端にある入り口から反対側の位置でタクシーを降り、そこをスタート地点にして町なかを散策しつつ入り口の広場に戻ってくる。
 例によって、父ちゃんに言わせると「気取っている」小道が素晴らしい。
 そんな小道を歩き始めてほどなく、子犬に出会った。

 やたらと人懐っこい子犬で、そのまましばらく我々を誘導するかのように着いてきた。そのまま歩いてたどり着いたのがこの階段。

 この階段は………


ゴッドファーザーPartUより

 この階段だ!!
 母親が命に代えて逃がした少年ビトーを追い、ドン・チッチオの手先たちが歩いていた階段!!

 ……なんともマニアック。

 ゴッドファーザーシリーズで僕が最も好きな2作目は、1作目でマーロン・ブランドが演じたドン・コルレオーネ、すなわちビトー・コルレオーネの少年時代から青年時代の情景も活写される。

 ついに母親とも死に別れたビトー少年は、長じてからの報復を恐れるシチリアマフィアのドン・チッチオに命を狙われていた。
 ドン・チッチオは、平清盛のように子供たちに情けをかける人ではなかったのだ。
 そんな火急の危機のなか、少年は周囲の人に助けられつつシチリアを脱出し、アメリカに移民することになる。

 コルレオーネ村を脱出するとき、彼はロバが引く荷駄にまぎれて移動する。
 その隠れる作業をしていた薄暗い倉庫のような建物、あれは、実はこの建物なのだそうだ。

 当時は廃屋状態で放置されていたそうで、「物置のような小屋」のシーンの撮影にうってつけの建物だったとか。
 今では立派に改修されて教会になっていた。

 我々を階段まで導いてくれた子犬は、その名をルナという。
 お月様という意味だ。女性名詞なので女の子なのだろう。

 なんで名前がわかったかというと、お昼時だからか、彼女を探して飼い主の女性が名を呼びつつ出てきたから。
 それでもあくまでも我々についてこようとするので、逆走して我々についてこさせ、飼い主の元に送り届けることができた。

 礼を言われたので、もちろん

 Prego.

 そのまま小道を進むと、八百屋さんがあった。

 どれもこれも魅惑の品々ながら、最も注目すべきはカリフラワーの色。

 おぉ……viola!!

 ヒロセさんによれば、これがパレルモのほうに行くと黄緑色になるという。
 野菜ひとつとっても、やはり世界は広い……。

 さらにテクテク。
 その先には、海を一望できる場所が。

 これ、ドピーカンだったら絶景だったろうなぁ。
 ほぼ一直線のこの海岸線が、メッシーナ方向へずーっと伸びている。天気が良かったら、対岸のイタリア本土も一望のもとだったことだろう。

 ここからこうしていともたやすく眺められる海岸線。
 また、ここからに限らず、シチリアの海という海が、ゴッドファーザーにはまったく出てこない。
 それもそのはず、実際のコルレオーネ村は内陸にあるので、コルレオーネ村だという設定で撮影している以上、どんなに美しい海岸線が眼下に広がっていようとも、海とは無縁である必要があったのだった。

 この美しい海岸線が劇中に出ていたら、僕の中で育まれていたシチリアのイメージはまったく違うものになっていたことは間違いない。
 「ゴッドファーザー」全編通じて、シチリアの海なんて微塵も感じられないものね。

 海をしばらく眺めた後、再びテクテク。
 小道を歩いていると、ヒロセさんが突如

 「ここ、どこだかわかりますか?」

 さてみなさん、ここはどこでしょう?
 わかったあなたはモノスゴイ。
 「ここ」は、ここ!!


ゴッドファーザーPartVより

 息子のオペラ公演鑑賞のため、初めてシチリアに来たケイを連れ、マイケルがコルレオーネ村を案内するシーン。
 ふたりがやってきたこの小道、そしてこのドアのある家が、マイケルの父ビトーの生家なのである。

 壁もドアも新しくなっているけど、まさにこの家こそがコルレオーネファミリーのルーツ!!

 劇中の話とはいえ、なんだか感動。
 ちなみに現在この家の持ち主は、オランダだかどこだかのお金持ちらしい。
 我々はただこうして眺めて写真を撮るだけだというのに、ホンモノのお金持ちのゴッドファーザーファンは、家ごと買ってしまうのであった………。

 さらにテクテク。
 すると、教会前の広場に出た。
 あ……この教会はッ!!

 この教会もまた、ドン・トマシーノの屋敷同様、全3作すべてに出てくる。
 1作目では散策中のマイケルが通りかかる。

 2作目では、少年ビトーが隠れた驢馬が通り抜け、

 アメリカで成功したビトーが家族の仇を討った後に凱旋祝いのようなことをしている。

 おお、こうして見比べてみると、2作目はまったく同じアングルで撮ってたんですな。追われる身から、功なり名を遂げ仇を討った「時の流れ」の演出だったか。

 そして3作目では、ケイを案内するマイケルが通りかかる。

 このなんの変哲もない教会前の広場に、アル・パチーノもロバート・デ・ニーロもダイアン・キートンもいたのだと思うと感動もひとしおだ。
 にしても、ホントになんの変哲もない広場。
 コッポラ監督はよほどこの教会前の広場が気に入っていたってことなのだろうか。
 教会自体を気に入っていたわけではないことは、一度として教会の扉より上の部分が画面に出てきたことがないのを観てもわかる(改修工事中だったとか?)。

 ところが僕などの俗人は、やはりどうしても教会の上のほうまで画面に入れたくなってしまう。
 それは仕方ないにしても、教会前に停まっていた車が邪魔だった……。
 つまりここは観光名所でもなんでもなく、普通に地元の教会ってことですね。

 そしていよいよ、ロケ地めぐりもオーラスに。
 その最後の最後は、かなり難易度の高い場所だった。
 再びヒロセさんが挑戦的に問う。ここがなんのシーンで出てきたかわかりますか?
 みなさんも一緒に考えましょう。

 とある教会前の広場で、門の向こうはお寺の参道のような広い階段が下に続いている。
 えー、こんな広場出てきたっけ??
 最後の最後でギブ・アップ!!

 ヒントをヒロセさんからいただいてやっとわかった。
 ここだ!!


ゴッドファーザーPartVより

 カメラをパンすると、ご丁寧に椰子の木までそのまま!


ゴッドファーザーPartVより

 これはゴッドファーザーPartVで、マイケルがケイを案内しているときに立ち寄るところ。
 ここで彼らは人形劇を少し観る。


ゴッドファーザーPartVより

 劇中に出てくるこの人形劇の舞台は、なんと門の間、つまり下りの階段上に設置してあるのだ。
 だから劇中の画面的には普通の広場に見えるし、教会の存在など微塵も感じさせない。

 さすがにこれじゃわからないや……。
 にしても、ようするに3作目でマイケルがケイを案内していた場所って、このフォルツァ・ダグロの小さな町の中で我々が歩いた範囲で完結していたってことか!!
 映画ってすごい……。

 ところでこの人形劇オジサン、ただのエキストラなのかと思っていたら、実はシチリアではその人ありと謳われる有名な人形劇師なのだ。
 プーピと呼ばれるこの人形劇、日本で言うなら人形浄瑠璃のような伝統的なシチリアの芸能なんだけど、テレビや映画の台頭とともに次第に廃れてしまったという。

 でもこのプーピおじさんは頑張り続けていて、この映画の撮影のときも、その頑張りのおかげでこうして出演を果たせたわけだ。

 その後このプーピは国指定の文化遺産となって、今は静かに着実に、芸能として復興しつつあるという。

 ちなみに。
 ゴッドファーザーのタイトルにある操り人形のイラスト。
 僕はてっきり、ファミリーのために苦闘を続けるドンこそが、運命という人形師に操られている人形なんだよ、という象徴なのかと思っていたのだけど、まさに操り人形自体がシチリアの象徴だったのだ。
 いやあ、今回旅行するまで知らなかったっす。

 普通に見過ごしていた映画の1シーンにも、いろいろと深い深い裏話がある。これだから映画は何度観ても面白い。

 いやあ、面白かった!!
 映画のロケ地など訪ねて何が面白いの?という人もきっといることだろう。
 実際、我々が訪れたマニアックなロケ地の数々は、劇中ではものの5秒くらいしか出てこないところばかりだ。
 でもそれは……
 それはもう、価値観のモンダイだから仕方がない。

 ニュージーランドの、雪を戴いた美しい連山や緑溢れる草原を眺め、

 「ああ、ここが指輪物語の舞台なのね……」

 と喜べる人には、きっとわかってもらえるに違いない。<僕はそのヨロコビはわかんないけど。<なんなんだよ!

 散策を終えて駐車場で待っていたアントニオ・タクシーに戻り、再び山を降り始める。
 するといつしか雲は消え、あたりは再び輝く光に包まれ始めた。
 輝く海、光る家々、澄み渡る空、そして緑溢れる大地。

 そんな風景を見ながら、カーコンポから流れてくる曲は……

 ゴッドファーザーPartVのフィナーレの音楽!!

 ドン・トマシーノの屋敷の庭で椅子に座る老いたマイケルが、過去を思い出しながら静かに息を引き取るシーン……で流れていた音楽が。

 なんとニクイ演出!!

 この曲は劇中でマイケルの息子アンソニーが出演していたオペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲なんですよ、とヒロセさんが教えてくれた。
 とてもいい曲なので、ゴッドファーザーに関係なく是非一度ご試聴くださいませ。

 これで、長きに渡ったゴッドファーザーロケ地めぐりもついに終了。
 メインイベントを堪能することができた!! 

 いやあ、イタリア旅行、面白かったぁ!!

 ……って、おいっ、まだ1日目ですぜ!?

 え゛っ!?
 もうお腹一杯なんですけど………。

 ……というわけで、まだまだ続きます。