39・慰めのCYGNUS

 しばらく海辺で遊んだ後、特に何があるでもないマリーナ広場周辺を歩いていると、鉄軌道跡を発見。

 チンチン電車か?
 石畳の道を走るチンチン電車……さぞかし絵になったろうなぁ。

 もはやチンチン電車など走っていられる余地がなさそうな現在のパレルモの道を歩いていると、歩いている人々も車を運転している人たちも、やはりみながみな自立しているように見える。
 携帯電話をしながら歩いている人もたくさんいるけれど、上の空で歩いている人など一人もいない。
 横断歩道を渡る時には、車が来る方向に、必ずゴルゴ13のようなスルドイ視線を向けていた。
 横断歩道での携帯電話使用の禁止、などという条例を作らなければならないニューヨークとは一味違うのだ。

 そんな街では犬も自立している。

 そうやってテキトーにプラプラテクテクしつつ、再び街の中心へ。
 ホントにテキトーだったので、大通りに戻った際、それが目的地を過ぎているのかまだなのか、微妙に道がわからなくなった。
 泥沼にはまる前に地図を見なきゃ。

 ブティックだったか、オシャレなお店の前で地図を広げつつ、脳内白地図状態のうちの奥さんと(結局彼女は、ホテルから歩いて5分ほどの場所にいてさえ、ホテルその他それぞれの位置を把握しきれなかった)このへんかなぁと見当をつけていると、店員なのか客なのか、そのお店から女性が二人出てきた。
 これ幸いとばかりに、道を訊ねると………

 やはり二人がかりで一生懸命、そして楽しげに教えてくれるのだった。

 ありがとう!

 「Prego!

 ホントにもう、ここはgrazie pregoの国だ。
 このときのおねーさまたちは、仕事柄か装いがいささかケバかったものの、道を歩く勤め人らしき女性たちは、世代を問わずとにかくみんな不二子ちゃんみたいでカッコイイ。
 背筋まっすぐ、姿勢バッチシ、いささかの隙も見せず、颯爽と歩いている。

 それが週末ともなるとみんなお休みだからか、たいていこんな感じ。

 細いのにお尻だけボンッ!!
 どう見ても不二子ちゃんでしょ?
 誰も彼もがこんな感じで、あまりの不二子ちゃんだらけに感動したので、思わず盗撮しちゃいました。 

 日本人旅行者から見るイタリアといえば、とかくイケメンばかりで女性に優しい男性ばっかり!!ということで女性に人気が高く、逆に「優しくされない…」と拗ねている男性旅行者もいるようだけど、どうしてどうして………

 シチリアの女性はみんなカッコイイし、みんな優しい!!

 ともすればその優しさは、姉御的優しさに通ずるものがあるかもしれない。そういうのがけっして嫌いではない僕にとっては、誰も彼もが素敵に見えた。

 ヴッチリア市場に入ってみると、午後遅いので市場はあらかた終了していたものの、この時間からスタートするものもあった。
 屋台だ。
 市場の真ん中あたりにある広場の水道で、バーベキュー用の網を洗っていた。
 これは……夕方もう一度来なきゃ!!

 市場を通り抜けると、昨日ジェラートを食べたジェラテリアがあるサン・ドメニコ広場。そこに花屋さんがあった。
 野菜の種も売っている。
 思わず物色。
 ここでもやはりおねーさんは優しくいろいろ教えてくれて(まぁそりゃ商売ですからね)、うちの奥さんは野菜のタネをいくつかゲット(島のハルコさんへプレゼント)。

 いくつか買った野菜のうち、超ロングサイズのズッキーニが非常に気になる………。
 ハルコさんには是非成功させてもらおう。

 バーベキュータイムが始まるまでにはまだ時間がありそうだったから、その前にカフェに寄ってエスプレッソを飲んでみることにした。
 カフェ・スピンナートという、由緒正しき老舗中の老舗カフェだ。一昨日夕食を食べたジジ・マンジャの目の前にある。

 お店で初めてカフェを頼んでみた♪

 我々が普通にコーヒーといって飲んでいるものは、こちらではカフェ・アメリカーナになる。
 この国で普通にカフェといえば、それはエスプレッソをさす。
 僕はそれを飲みたいので「カッフェ」と注文するわけだけど、旅行者の中には、カフェと注文してお猪口のようなエスプレッソが出てくると、たまげる人もいるのだろう。

 だからカメリエーレ氏は、「アメリカーナ?ロマーナ?どっちのコーヒーですか?」と訊ねてくる。
 もちろんエスプレッソ(カフェ・ロマーナ)というと、心なしかうれしそうな顔をした彼なのだった。


さすが老舗、驚いたことに、水がサービスでついてくる!
でも値段もさすが老舗、やや高い。

 店内にもちゃんと席はあるものの、このホコテン通りを行く不二子ちゃんたちを眺めているのが楽しかったので、寒さこらえて外で飲んでいる我々。

 ただ、この日は土曜日ということもあってか、オシャレなお店が多い新市街のこの通りには、学生っぽい若い子たちも多かった。
 街に溢れている若い子たちはやっぱり………………………

 ややバカっぽい。
 国語算数理科社会的なことじゃなく、ね。
 これは世界共通なのか??
 「カッコイイ!」と思えるようになるのは、どうやらR25ってところだ。

 ほどよい時間になったので、再び市場に行ってみた。
 日中とは違い、夕刻ともなると暖色照明がいい感じになる。

 先へ行くと、例の広場だ。
 おお、すでに始まっている!!

 ヒョーッ!!美味そーッ!!

 この市場の屋台で、是非食べたいものが我々にはあった。
 スティギオーレ!!

 聞くところによると、それはヤギの腸であるとか。
 同じヤギ食文化である沖縄に住む者としては、これは味わっておかねばならない。
 でも……あるんだろうか??

 あった!!

 チョーッ♪
 すみません、これってスティギオーレですか??

 「Si,si! スティギオーレ!!」

 いわゆるフツーのバーベキューネタじゃなく、スティギオーレに目をつけてくれたことがうれしかった……ような顔をしつつ応えてくれた店主。
 じゃ、一皿お願いします!!

 「あいよ!」

 やがて肉が焼けた。
 皿を受け取って、テーブル席へ。
 近くのバールでビールを買って………

 ビールがうめぃ………。

 レモンをたっぷり絞っていただく肉は、こんな感じ。

 途中で撮ったので残骸っぽく写ってしまった……。
 お味のほうは、まぁ可もなく不可もなくってところ。
 一時はヒージャー消化器系洗浄係免許皆伝を受けたこともある僕に言わせると、やや腸内ウンコ清掃がいいかげんなのではないかと………

 <……って、そんなの食べていいんですか?
 大丈夫でしょう、みんな食ってるし。

 パンに挟んで食べる食べ方もあるようだったけど、パンまで食べると腹が膨れすぎるので、肉だけで我慢。
 パンと一緒に食べると、また違った味だったかもしれない。

 網の上で焼かれている肉の量を見て、そんなに焼いちゃって、このあと人来るのかなぁと余計なお世話的心配をしていたところ、やがて観光客も地元の人も、たくさん集まり始めた。
 やはり立ち昇る焼肉の香りというのは人を惹きつけるのだ。
 観光客はテーブルに、地元の人は立ちながら。


楊枝で肉を食べながら、お話に高じる地元のオジサマ二人。
彼らが顔見知りであるという保証はない……。

  すでにあたりにはモウモウと煙が立ち込めていた。

 市場の通りとはいえ、周囲にはアパートがたくさんある。毎日これじゃあ、あらゆるものが焼肉臭になりそうな気が……。

 日が暮れるにつれますます繁盛しているバーベキュー屋台。
 その近くに、ひっそりとたたずむ無人の屋台が1つ。

 日中にはなかったこの屋台、これは……ひょっとして?

 まず間違いないだろう、ポルポお兄さん(昔はオジサンだったそうなのだが、先代の跡を息子が継いでいるらしい)の屋台だ。
 ポルポ、すなわちタコを茹でてその場で食べさせてくれる屋台がある、という話を旅行準備中に知って、パレルモでは是非それを食べようと思っていた。
 茹でたタコにレモンを絞って……うーん、美味そう!!

 水納島のタコ獲り大将リョウセイさんも、獲ったタコをただ本島の刺身屋、料理屋に売るだけじゃなく、こうして手軽に食べられる調理をして出せば、ビールも飛ぶように売れるだろうになぁ……。

 新鮮な食材は、シンプルな調理でこそ真の実力を見せつける。
 沖縄のタコとシチリアのタコの真剣勝負をしてみたかったのだが、どうやらこの様子だと、タコお兄さんはもう少し夜が更けてからの出動のようだ。 

 だったら!!
 このへんの美味しいトラットリアを店の人に教えてもらって、食事が終わってから寄ってみるとか??

 実に魅力的な計画。
 しかし。
 部屋で死亡している人、約1名。
 彼を放って食事に行けるはずもなかったのだった………。

 タコお兄さんよ、また来る日まで!!

 その後乾物屋で2種類のボッタルガを購入。

 店主らしき方がなにやらアヤシゲな雰囲気を醸し出す一方で、若い陽気な店員さんは、我々にオリーブを試食させてくれた。

 このボッタルガ、tonnoはわかったけど、もう1つの魚種名の日本名がわからなかった。
 どんな魚だと一生懸命店主も店員さんも説明してくれるものの(やっぱり二人がかり)、光物、すなわち青物系であることまでしかわからない。

 が、帰国後、どうやらそれはボラだったことが判明。
 ボラのボッタルガって……ようするにカラスミか。
 マグロもボラも、これが美味いのなんの!!

 その後テケテケマクエダ通りに戻ると、昼間とはなんだか様子が違っていた。

 夜店が出ていて、路上は人通りがやけに多い。

 上の写真なんて、まるで広場のように見えるけど、路上ですぜ。
 それも、ここのまん前。

 ほぉ…。
 ライトアップされた夜のマッシモ劇場も絵になりますなぁ……。

 どうやらこのメインストリート一帯が歩行者天国になっているようだ。
 雨の日には傘売りオジサンが商いをしていたビルの前には、尋常ならざる人混みが。

 はてなんだろう??
 文字どおりの野次馬根性で覗きに行ってみると、ストリートライブだった。

 その開催が違法なのかなんなのか、警察のチェックを受けていた演者たち。ところが演者は完全に警察を無視、もしくはカンケーネー的なMCをしていたのか、集まっている人々も盛り上がっていた。

 にしても、週末にここが歩行者天国になるだなんて、ワタシまったく何も知らなかったんですけど……。
 なんだか面白そう。
 さすが週末、夕方出歩いている人の数も多い。きっとこの時間から、地元の方々の本当のお楽しみタイムが始まるのだろう。

 我々もお楽しみタイムにしたかったところながら…………。

 部屋に戻ると、死亡状態からは回復していた父ちゃんだったものの、「外に食べに行っても大丈夫だよ…」という言葉をそのまま信じるわけにはいかなかったので、今宵は無理せず、またしても部屋食。

 つまり!!
 この旅程のなかで、食に関しては最重要ホットコーナーとしてかなりの時間をリサーチに費やしたパレルモでの食事。
 ああそれなのに。
 この地に3泊もしたというのに、結局ちゃんとした外食は、昼夜合わせてジジ・マンジャとプリマヴェーラで食べた2度だけ………(モツバーガーを含めると3度)。

 「まぁ、しょうがないじゃん」

 うちの奥さんはそういって気軽に慰めてくれるものの、そりゃ1ミリもそういったことに時間を費やさなかった脳内白地図状態の人なら、「しょうがない」で簡単に済ませられるわなぁ……。

 というわけで、今宵もチーブスのお世話に。
 モッツァレラチーズがやたらと美味しかったり、いつものビールもやはり美味しかった。
 しかしこの日最も堪能できたのは、これ。

 ドライバー・レナートが、パレルモは赤ワインが美味しいと教えてくれたこともあって、チーブスではレジのお兄さんに、地元の赤ワインのオススメを訪ねてみた。すると、

 「全部ですよ♪」

 オチャメなレジのお兄さん。
 そのあとちゃんと、強いのがいいですか、それとも○○(すみません、私言葉を知りません)なのがいいですかと訊ねてくれたので、強いの、と応えた。

 だったらこれですね!と彼が指差してくれたものは、22ユーロぐらい。
 うーん、高いなぁ…というと、

 「そうすると、そこにあるシグナスがいいですよ!」

 12.5ユーロ。
 うむ、高くない(普段買ってるものよりは高いけど……)。
 ということで買ってきたのがこのCYGNUS。リストランテならその倍くらいするのだろうから、我々的には店では飲めないワインであることは間違いない。

 気になるお味は……

 美味しッ!!

 僕が勝手に甲州ワイン系と決めたパトリアの若い赤ワインとは違って、思わず肉を食べたくなるこの味こそが、僕が常日頃赤ワインに求めている味だ。

 「うちの近所の酒屋で1000円で売ってるよ」

 なんて言われたら身もフタもないから、そういう情報はシャットアウトでお願いいたします……。

 思いもかけぬ2晩連続のボードテーブルディナーには、残念ながら血の滴るような肉料理は欠片もなかったものの、今宵の個人的目玉、モッツァレラチーズ(水牛のヤツ)がまた美味くて美味くて、それにピッタリマッチしていた(ように思えた)。

 シグナスちゃんは、優しく僕の「徒労」を慰めてくれたのだった。

 今宵すべてを飲み干せずとも、この先しばらく、毎夕食後に部屋でおつきあいできるかな……シグナスちゃん。

 …と楽しみにしていたのに!!

 「寝られねぇジージ」が、その後あっという間に朝酒で空けてしまいやがった!!<まだ飲んでんのか!!

 どうせだったらウンとジョートーなヤツを買えばよかったかな、と思わないでもなかった今宵だったのだが、結果的には正解だったみたい……。

 こうして、パレルモ最後の夜は更けていった。
 そしてこの夜、僕は静かに理解したのだった。

 ウロコムシ武田さんが、いつもお一人で旅に出る意味を……。