7・座敷貸切の宴
  〜居酒屋 空海〜

 

 いよいよ人生初金沢の夜が来た!

 が。

 この日は日曜日。
 観光地に限らず、日曜日はわりと多くの飲み屋さんがお休みにしている。

 ここ金沢もその例にもれず、地元に愛されているらしき有名店の多くがお休みなのだ。

 しかし中には日曜日でもフツーに営業している店があり、今宵我々が行く予定にしていたお店も、そんな貴重な店の一つ。

 その名を居酒屋空海という。

 到着したばかりの我々にとって、まだ右も左もわからないまま訪れる夜。道に迷って寒さに震え、志なかばで凍死……なんてことになったらどうしよう???

 ……という心配はまったく無用なのだった。

 だってあなた、居酒屋空海さんは、主計町茶屋街にあるのだ。

 しかも!!

 我々が泊まっている木津屋旅館(手前の暖簾が入り口)からこの距離!!

 隣です(爆)。

 先に触れた2泊目以降の我々の部屋は、なんと空海さんのすぐ隣。

 空海さんは以前まで違う場所で営業しておられたそうなのだけど、もともとここにあったご実家をリノベして移転してきたのだそうな。

 せっかく隣同士なのだから、どうせなら宿から店まで屋内からそのまま行き来できれば、浴衣のままで飲めるのになぁ……。

 もちろん外から行くにしても、上着はいらないんじゃなかろうか…ってなぐらいの近さである。

 なので夕方ひとっ風呂浴びてから飲みに行っても、湯冷めの心配すらいらない距離。

 これで満席で入れなかったりしたら、この天の配剤ともいうべき絵に描いたような立地条件が、まったくの無駄になってしまう。

 そこで、ちゃんと旅行出発前に予約をしておいた我々である。
 こと酒に関する限り、普段ありえない段取りの良さを発揮するのだ。

 さて、その空海。

 やはり茶屋街にある店らしく、しっぽりとしたたたずまい。
 軒先にある杉玉が、ここが酒どころであることを静かにアピールしている。

 いかにも町屋のリノベーションです、という感じのステキな玄関で靴を預けると、2階席へと案内された。

 1階にはカウンターと少々の小上がりがあるようで、すでにお客さんがいるらしき雰囲気はあったものの、混んでいる様子ではない。

 でもそういうスペースはきっと常連さんのためにキープされているのだろう。
 地元の方が来るお店で常連さんたちの邪魔になるのはイヤだったから、2階席へと通されたのはそれはそれで良かった。

 が。

 やたらと広い2階席、我々のほかに女性の2人連れが先客としてすでに飲んでおられたとはいえ、あまりにだだっ広い。

 このあとここもかなり混むのだろうか???

 と思っているうちに先の女性客がお帰りになり、その後誰が来るわけでもなかった。

 であれば!!

 帰る間際に、金沢初の大の字攻撃♪

 いや、だってホントに誰もいないんだもの……。

 ちなみに奥は、利用されることが実際にあるのかどうかは知らないけれどカウンターになっていて、窓の向こうには茶屋街の外灯や、川面に映る暖色照明が流れにゆらめく浅野川が見える。

 そんな、ある意味座敷貸切状態で味わう金沢初の夜。

 まず初めに出てきたお通しは、飯蛸の煮物だった。

 これがまた実に味わい深い。
 味わいすぎて、写真を撮るのをうっかり忘れてしまった。

 仕切り直して、お造りから……。

 

 パッと見、おおっ、これが金沢かッ!!というほどのインパクトはないものの、さすがご当地、甘海老がフツーに紛れ込んでいる。

 その後結局甘海老の刺身をいただく機会がなかったから、実は貴重な一皿だったのだ。

 その他、天然鰤、鯛、ヤリイカ、いしなぎの昆布ジメ。

 ヤリイカなんてこっちじゃ極めてフツーに食せるんだろうけれど、沖縄じゃまず目にするのも無理。
 やはりイカって、鮮度が高いと美味しいですなぁ……。

 いしなぎの昆布ジメも素晴らしい。

 ともかく、金沢初の夜に乾杯。

 

 ここ空海さんは、どちらかというと「創作料理」に力を入れておられるようで、地元の食材を用いつつ一風変わった肴、というあたりにこだわりがあるらしい。

 なので、たとえばこの……

 「生麩のゴルゴンゾーラころがし」と名付けられている一品なんて、いやあもう、こりゃワインでしょう!!と宣言したくなるくらいのやる気モードに満ちている。

 一方、揚げ豆腐のカニ味噌がけは……

 そのやる気モードが日本酒へとシフトする。

 そんな「やる気モード系」っぽいメニューのなかで、僕が最も期待と希望を抱いて待ち望んでいたのがこれ。

 ウニの加賀丸芋揚げ。

 加賀丸芋というご当地ならではの山芋のような芋をすりおろしし、ウニを中に詰めて海苔を巻き、丸ごと揚げてある一品。

 一口いただけば、たちまち口内はウニの芳醇な香りで充ち溢れるに違いない……

 という期待値特大で一口いただいてみたところ、はて、ウニの味があまりしない。

 やはりウニの季節ではないってことなんでしょうか。

 そうこうするうちに、時代は日本酒へ。

 銘柄は忘れてしまったけれど、ご当地の純米酒をまずは一合。

 ここからは、オタマサの独壇場になる。
 これは日本酒でしょう!というような保存食大好き人間の彼女にとって垂涎のメニューがいくつもあるのだ。

 蛍烏賊の黒作り。

 塩辛味をイメージしてチョビリといただいてみると、これが海苔の佃煮の風味をまとったかなり上品なお味だった。

 それを期待して後日市場で探し求めたものの、一般的な黒作りはどうやら黒い塩辛でしかないらしい。
 やはりこの海苔風味の黒作りは、空海オリジナルだったに違いない。そもそも蛍烏賊であるところからして高級なもかもしれない。

 お次はバイ貝の塩麹漬け。

 旅行出発前から「バイガイバイガイバイガイ……」と呪文のように唱えていたオタマサにとって、シアワセの極致のような一品だ。

 そしてオタマサが今宵最も絶賛したのがこれ。

 自家製ブリのへしこ。

 日本海沿岸地方では鯖のへしこがつとに有名だけど、これは鰤のへしこ。
 目を見開いたまま気絶するのではないかという勢いで、オタマサは大絶賛していた。

 もちろん僕もどれもこれも美味しいとは思うけれど、どうしても食べてみたかったのがこれ。

 のどぐろの塩焼き♪

 のどぐろ、本名をアカムツというこの魚は、今や押しも押されもしない高級魚の仲間入りをしている。
 季節的にはもうあと少しあとくらいから旬になるようながら、のどぐろの本場中の本場といっていい金沢で、これを食べずに終わってしまっては泣くに泣けない。

 この先チャンスがあるかどうかもわからないから、とりあえず今この時を逃す手はない。

 というわけで、焼き魚にしてはいささか値の張るメニューをオーダーし、まずは一口。

 フーム……これがのどぐろか。

 巷間騒がれているほどのインパクトは感じられない。
 ただし、アジだカマスだなんちゃら鯛だといった焼き物系に比べれば、やはり根本的に体の造りが違っていそうなその食感。

 これはきっと、炙った刺身なら激ウマになるに違いない……。

 明日以降の重要なテーマが誕生した。

 最後にごはんをお願いし、残しておいた蛍烏賊の黒作りをかけてシメに。

 超高級ごはんですよ!で満腹締めをして、金沢初の夜はお開きに。

 冷え込みが厳しい夜だったけど、帰るべき宿は隣だもの、ちょっと遠回りでもしてみようかって気にすらなるほどだ。

 

 ほろ酔い気分で再び橋の上から眺めてみると、街の灯りが夢幻のように妖しくゆらめくのだった。