19・すし処 豊月

 古都萩は海の幸天国である。

 …というジジツを知った我々としては、この地の牛や豚や鶏がどれほど美味かろうと、一にも二にもまずは魚。

 魚を食せるランチといえば、鮨。

 とはいえ早川光のように飽くなき鮨屋探訪ができるほどの財力は無し、この萩滞在中の鮨チャンスはこの日この時このお昼しかなかった。

 オンリーワンチャンス。

 そうとなれば、選りすぐりの中の選りすぐりの店を訪れたいというのが人情というもの。

 指月城跡の見どころがまったくノーマークだったのとは対照的に、萩の鮨屋リサーチには精魂込めたワタシである。

 そんなリサーチの果てにたどり着いたのがこちら。

 すし処豊月。

 もし地元の方がお読みになっていたなら「やっぱりね…」と勝ち誇っておられることだろう。

 このあくまでも気取らぬたたずまいが、地元に根付いた旨さの印。地元どころか、ここで鮨を食べるためだけに、わざわざ他県からお越しになるお客さんもいるほどだとか。

 週末や観光シーズンなどになると昼間でも予約していなければ入れないほどだというから、予約しておきたかったのはやまやまながら、その時間に縛られて散歩するのは不自由極まりない。

 なので、平日でもあるし…ってことに賭けて、オープン時刻ちょい過ぎくらいなら大丈夫だろうと高をくくって突入することにした。

 ガラガラと引き戸を開けて入店してみると、これがまた思いのほかお客さんがいっぱい。

 開店と同時にみなさん来てるの??

 聞けば、出前など注文が多い時には早めに店を開けているそうで、あくまでも12時開店というのは目安らしい……。

 それはともかく。

 「予約なさってますか?」

 と女将さんが尋ねる。

 いえ……してません。やっぱしてないとダメ???

 すると女将さん、空いている席と予約をチェックしてくれて……

 「カウンターにどうぞ!!」

 ホッ……………。

 かなり冷えた体が店内の暖房で温められるのと合わさって、思わず体の底から安堵の吐息が漏れた。

 なにはともあれ席はあった(我々のあとに来た3人づれは、あえなく満席通知。危なかった……)。

 生ビールは無いので萩の地ビールをチョイスし、まずは着席を祝して乾杯。

 チョンマゲビールという、冗談なのかマジメなのかよくわからない銘柄の地ビールで、チョンマゲ侍がトレードマークになっている。

 スーパーでは3種類くらい売られていて、これとは別の種類は昨夜部屋で飲んでみたけど、これは初めてのペールエール。

 いささかおふざけ感があるネーミングやマークとは裏腹に、食中酒にいただくにはバッチリな、マジメにしっかり醸造されたビールだ。

 席に着いたときからすでに忙しそうだった板場では、若いにぃにぃと大将がセッセとシゴトをしている。

 その合間に「順番にやっていきますから、少々お待ちくださいね」とにぃにぃが言ってくれた。

 鮨屋など5年に1度級に慣れない我々としては、席に座るなり何にしましょう!?と訊かれるよりも、ビールでも飲みながらあーでもないこーでもないとメニューを見ていられるほうが落ち着く。

 ただ、最初ににぃにぃが声をかけてくれた際に、それはつまりランチメニューは板さんオマカセで決まっているものなのか…と変に勘違いしてしまったため、せっかく与えられたアイドリングタイム(?)を有効に使っておらず、あらためてにぃにぃから「どうしましょう?」と訊かれ、慌ててメニューをめくる我々。

 鮨を食べに来たんだから、断固として鮨!

 …なワタシに対し、オタマサは「豊月弁当にぎり付」に目を奪われていた。

 鮨は「上がオススメです」的なことをにぃにぃが言ってくれていたから、迷わずチョイス。

 でも少々お時間がかかります…と申し訳なさげに言ってくれるにぃにぃ。

 しかし昨夜のMARUでもそうだったけど、萩の方々の言う「時間がかかる」は、ダイジョーブよぉ!と言いながらやたらと待たされることが多い沖縄に慣れてしまった我々にはむしろ早いくらいで、言っているほど時間がかからないようなのだ。

 文化的に、萩のヒトは気が短いのだろうか。

 待つのもいや、待たせるのもいやということかも?

 この時も、言うわりにはさほど待つこともなく、オタマサのもとに豊月弁当にぎり付が到着。

 長細い重箱2段重ねで登場した弁当セット、広げてみると……

  デカッ!!

 お刺身は……

 スゴッ!!

 マグロ、ヒラス(萩でもヒラスと呼ぶそうだ)、鯛、イカ、タコが勢ぞろい。

 マグロやヒラスがまた切れ味抜群のシャープさ。

 さばく技術もさることながら、使う包丁の研ぎ加減でも味は変わる刺身のこと、これはもう一触れしただけで指が落ちるほどに研ぎ澄まされた包丁に違いない。

 ここに鮨も加わっているというのに、そのうえさらに…

 揚げ物・煮物・サラダのお重が。

 オタマサいわく、エビの上げ具合が絶妙だったそうな。

 また煮物も、田舎煮のように全品ごった煮じゃなく、一品一品別々に煮てある模様。

 これほどの量をオタマサ1人で食べ切れるはずはなし、スタートと同時に「要ワタシのフォロー」確定である。

 こんな大量の料理、食べ切れる人がいるんだろうか…と思いきや、カウンターの若い女性2人連れはどちらもこの豊月弁当をオーダーしていて、いともたやすくペロリと平らげていたし、隣に座っていた常連さんらしき年配の男性…というかおじぃもまた、この弁当をオーダー。

 そのうえ「弁当がくる前に鯛を握って」と、鯛のにぎりを2つほど召し上がってからにもかかわらず、弁当はこれまたきれいさっぱりコンプリート。

 萩の人たちって………大食いなの?

 一方。

 鮨は「上」のセットでお願いしていたワタシ、てっきりゲタに載って全品一気に登場するのかと思いきや……

 にぃにぃがつけ台にヒョイと鯛の握りを置いてくれた。

 カウンター上のつけ台に置かれた鮨を食べるなんて…

 なんだかオトナになった気分♪

 オタマサから回って来る刺身などを食べながら見ていると、1人のお鮨が3人4人……

 5人、10人!

 と、サスケの分身の術のように増えてくる。 

 ビジュアル的には全員集合してから撮りたかったところながら、指をくわえておあずけ状態に耐えられるはずはなし。 

 なので残念ながら全員集合写真はない。

 鯛、マグロ、イカと続いた後は、今回の旅行でワタシの人生的青物系イチオシ刺身に急遽浮上したヒラスの登場だ。

 グズグズしていると穴子も追いかけてきた。

 イキの良さ抜群のヒラスが、シャリを優しく包んでいる。

 だからといってネタがクタッ……となっているわけではなく、口に含んでみればあの舌を跳ね返すような強烈に逞しい筋肉の力が。

 ああ美味い……。

 穴子星人にとって鉄板というべき穴子の美味さは今さら言うまでもない。

 穴子星人化しようとニヒニヒうれし笑いを浮かべていると……

 無脊椎動物系がダブルで登場。

 穴子星人であるとともにチクチクウニウニ先生でもあるワタシにとって、ウニは見た目どおりの黄金の味。

 一方、貝らしき隣の握りはなんだろう?

 食べてみると、身はコリコリしている。食感は鮑のようでありつつも、まさかそんなはずはあるまい。

 寿司ネタとして今まで食べたことがない雰囲気、いったいこれはなんですか?

 「サザエです。」

 OH、サザエさ〜ん!!

 サザエがまさか握り鮨のネタになるような形にするさばき方があっただなんて。

 コリコリの食感はともかくナマだとわりと磯臭さが増すから、刺身よりは茹でてからいただくほうが好きなワタシではあるけれど、これはどう処理してあるのか、磯臭さよりも旨味のほうが際立つお刺身。

 それがネタとなってシャリを包んでいるのだ。旨くないはずがない。

 …と盛り上がっているうちに、最後に留めの……

 車エビ。

 出てきた途端にこれが車エビだとわかったワタシは、ひょっとするとツウなのかもしれない……。

 しかしなんてことだ、せっかくの七色テール車エビだというのに、尻尾を広げずに撮ってしまった。

 まぁ、舞い上がってますからね。

 すでにこの頃には、オタマサにインターセプトされつつも……

 萩の酒東洋美人に突入中。

 昼間であることを忘れてしまいそうだ……。

 全精力を買い集めてリサーチした結果だとはいえ、期待以上に限りなく充実してしまった我々は、もはや今宵わざわざ飲みに出かけなくてもいいんじゃね?なんて気になりかけていたのだった。

 ああ、美味しかった!!

 生きててよかったって感じです……と感想を正直に申し上げたところ、にぃにぃは「またまた…」的な苦笑い。

 いやいや、ホントなんですけど。

 萩にこの店ありと知られるすし処豊月。噂に違わぬ魚編パラダイスは、旅の記憶をレインボーカラーに染め上げていくのだった。