5・門司港散歩
時代に取り残されて寂れていた港湾工業地帯がレトロ押しで再整備された「門司港レトロ」という区域は、さほど広いわけではない。 港湾地域なので当然ながら土地の起伏はなく、関門海峡に面した港湾沿いに整備された広場や散歩道をテケテケ歩いて巡るには、なかなか心地いい環境だ。 その要所要所には、レトロオーラを四方八方にほとばしらせる各種建物が残っている。 我々が泊まっているホテルから出ると目の前にあるのがこちら。
なんだか大阪は中之島にありそうなレトロ建築みたい…と思ったら、旧大阪商船門司支店の建物なんだとか。 大正6年に建てられたそうな。 当時は門司港から中国・台湾、インド、ヨーロッパ方面に、ひと月あたり60隻もの船が出航していたという。 そんな船客用の待合所もあったというこの建物には、今では1階にわたせせいぞう(北九州市出身)ギャラリーが入っていたりする。 その他、旧門司三井倶楽部(大正10年築)だとか……
旧門司税関(明治45年築)など……
レトロな建物がキチンと修理・復元・維持され、ギャラリーであったりレストランであったり、いろいろと「現役の建物」として利用されているようだ。 そういった建物がひとつひとつポツンポツンと寂しそうにあるのではなく、それらをひっくるめた区域全体が統一感のある雰囲気で整備されており、海辺ということも手伝って、ただその辺を歩いているだけで気持ちいい門司港レトロ。
もちろんベンチもほどよい間隔で多数設置されている。
そんな区域ではあるのだけれど、そのはずれにはこういう建物が聳えていた。
門司港レトロハイマートという、高層マンションだ。 なんと日本が誇る巨匠、黒川紀章の設計なのだとか(ちなみに沖縄県庁もこの方の設計)。 その最上階が展望室になっていて、レトロな門司港の街並みを高所から眺められる…ということで、観光名所にもなっている。 地上31階、最高部で127メートルというから、ニョキニョキ超高層ビルバブルな現代日本では、それほど際立った高さのビルではない。 とはいえ、この界隈にあっては……
富士の山ほどにずば抜けて高い。 富士はその高さと美しさゆえに「霊峰」と称される。 しかしいかに高くても巨匠の設計でも、場所を選ばない近代建築物は、なんというか………邪魔なんですけど、レトロハイマート。 さてさて、青空が広がるいいお天気のもと、海を眺めつつ建物を眺めつつ、旧門司税関近くにたどり着いたときのこと。 なにやらアヤシゲなアナウンスとともに、橋が動き始めた。 ホテルの部屋から見えていた、「ブルーウィングもじ」だ。 観ていると橋は静かに中央から分かれ、ジワジワと上がっていき、それぞれ雄々しく天に聳え立った。
船舶の往来が多かったその昔は、ホントに船の行き来のために毎度毎度稼働していた跳ね橋も、今では観光用に(ときどき観光ボートも通行する)見世物として毎正時に開橋しているようだ。 ジワジワと聳え立っていく様子は、まるでナマコの放精・放卵のよう……というのは静止画像じゃわからないから、動画でどうぞ。 ちなみにナマコ類の放精・放卵ポジションはこんな感じ。
似てますよね。(共感強要) この橋は、観光船用の小ぶりな港をグルリと回らずに先へ進める海側の遊歩道のショートカットコースとして利用されているものながら、この季節のこと、ノーマル状態のときにはときおり観光客が渡っている程度でしかない。 ところがひとたび開橋となると、再びノーマル状態に戻るまで都合20分くらいかかるため、橋を渡れなくなった方々が橋詰めで待つことになる(お急ぎの方は港をグルリと回ってくださいというアナウンスがある)。 ひとしきり歩いて再びここに戻ってきた頃、橋はまたナマコ放精状態だった。
しばらく待っているとやがてノーマル状態になったので、橋を渡ってみる。
レトロでありながら近代的な、素敵な散歩道。 でも渡ってから振り返ると……
やっぱり邪魔なんですけど、黒川紀章(※個人の感想です)。 さてさて、優美で美しいこの橋もさることながら、我々が目指すべき橋は別にある。 西日になりつつある今、方向的には絶好のポジションになるはずの関門橋、選りすぐりのビューポイントを求め、フラフラ寄り道しながらさらにテケテケ歩くことにした。 するとこの橋詰めのすぐそばに、こういう建物が。
門司港地ビール工房。 ビアレストランの上階がビールの醸造所という珍しい建物で、夜になるとビールの看板がネオンで彩られていた。 何泊もするなら間違いなく一度は立ち寄るであろうお店ながら、今回はそのタイミングがなさそうだ。 ん?その先に見えるのは、部屋からの眺めを阻害していたバージもどきではあるまいか。 近づいてみると……
なんとこのバージもどきは、環境省の持ち物なのだった。 なにやらこのあたりをどうこうするというような工事説明看板があったけど、いったい何が始まるのだろう? 海沿いに行けばいずれは関門橋にたどり着くにしても、港湾地域のため、ホントに海沿いに歩いていたら、直線距離の10倍くらいになってしまう。 そこでいったん大通りに戻ることにし、せっかくだから今宵のためにロックオンしてあるお店の下見がてら、少しばかり内陸(?)方面に行ってみることにした。 門司港レトロのすぐわきを、門司港レトロ観光線なるトロッコ列車の線路が通っている。 もとは港湾地域の鉄道だったものが廃止されたあと、その廃線を再利用して始まった観光列車なのだとか。 ただしただでさえ運行日が限られているこの観光列車、真冬は完全運休らしく、踏切内で線路の真ん中に立っていても、列車に轢かれる心配はまったくない。
冬の間はけっして遮断機が下りることのない踏切を越えると、門司港レトロではなくなり、フツーに人々の暮らしがある門司区になる。 遥か京都から続いている2号からここのすぐ先で3号に変身している国道を越え、さらに先へ行くとそこは商店街だ。
実態はどう見てもシャッター街寸前の通りながら、表玄関の成功のおかげで「レトロ横丁」と名付けてしまえば、古びた店のひとつひとつが、そして閉じられたシャッターまで味わい深くなるから不思議だ。 今宵のためにロックオンしてある店は、この通りにあった。ワタシにはつきものの「臨時休業」の貼り紙もなかったのでホッと胸を撫で下ろす。 万事OK。 飲み屋さんの場所を確認したあと、商店街に侵入してみる。
栄町銀天通りという、400メートルほど続く商店街だったので、少しばかりプラプラしてみた。 この商店街のはずれから先は山のほうに向かって坂になっていて、その突き当たりに、遠目ながらなんとも味わい深い建物が見える。 近くから観てみたかったところながら、坂道だし関門橋とは逆方向なので、遠望するだけでとどめてしまった。 実はその建物は、三宜楼茶寮という料亭なのだった。 戦後廃業してしまい、以後廃墟と化していたそうなのだけど、門司港が門司港レトロとして生まれ変わったのをきっかけに、この料亭も観光名所として復活、現在では対岸の下関にある老舗料亭春帆楼も一枚加わり、予約をすれば超高級料亭料理を味わえるそうだ。 そんなこととはつゆ知らず、関門橋を目指すにはいささか寄り道をしすぎているので、針路を変更し、いよいよ関門橋方面を目指すことにする。 するとかなり唐突に、とある駐車場にこんなものが設置されていた。
チンチン電車。 観る人が観れば、これは西日本鉄道・100形148(旧九州電気軌道)の初期復元塗装バージョンである、ということがわかるそうなのだけど、あいにくワタシは「観る人」ではないので、そういわれても「ホォ…」としか言えない。 案外高知市内では現役だったりして。 さらにテケテケ歩いていると、オタマサがなにやら街路樹を見上げつつ不思議そうな顔をしている。
すっかり葉が落ちている木に、なにやら実らしきものが鈴生り状態。 路上にいくつも落ちている実をひとつ拾ってみた。
イガ栗のようなウニのような、不思議な実。 いったい何これ?? …という疑問は散歩している間も旅行中もついに解決しなかったものの、帰宅後調べてみると、この実の主はどうやらプラタナスらしい。 本土じゃフツーに街路樹になっているのであろうプラタナスは、沖縄ではまず観られない。 ひょっとして我々が知らないだけで、ホントは沖縄にも街路樹があるかも…と「沖縄のプラタナス」で検索してみると、ヒットするのは塾や介護施設の屋号だらけなのだった。 というわけで本土のみなさんにはお馴染みでも、私たちには普段まったく無縁な実、いわば珍ものだ。 だからといって、なにも実をビニール袋に入れてお土産にしなくても……。 さらにテケテケ歩く。 関門橋を観るといっても、あまり傍まで行ってしまうとかえって全体が観られなくなるに違いない。 巨大な橋全体を横位置からいい感じで観られるビューポイントが、どこかにないだろうか。 やっぱり港湾の埠頭から眺めるのがいいかも。 …と考えながら歩いていると、無敵浮沈宇宙戦艦のロケットアンカーのごとき巨大な碇が、無造作に積み重ねられている場所があった。
対人比モデルがオタマサじゃなくとも、これは相当でっかいアンカーだ。 その奥には……
これまた巨大な鋼鉄チェーンが各種山積み状態。 なんじゃこりゃ?ここはいったいなんなのだ?? ……と、巨大アンカー&チェーンに目を奪われてしまっていたため、我々は大事なモノを見過ごしてしまっていたのだった。 それについてはのちに触れる。 ここをさらに進むと、なにやら港湾施設のようになってきたのだけれど、道路はずっと続いていたのだし、立ち入り禁止ってことはないよね??と割り切り、なんだか妙に小麦粉臭がする海側を歩いていると……
遂に来た!関門海峡波高し!! 関門橋がもう目の前に。 この埠頭の先まで行けば、全貌を拝めるに違いない。
おぉ、ビューティホー!! 環境省のバージもどきに邪魔されていた部屋からの眺めと違い、完全無欠の関門橋だ。 手前に停泊している海上保安庁の巡視船のそのまた手前に防波堤があって、そこにはこの眺めを毎日眺め放題のギャラリーたちがズラリと勢揃いしていた。
ウミウたち。 鳥といえば、我々が現在いる埠頭にやたらと雀っ子がいたのだけれど、それはどうやらこの埠頭から運び出しているものに関係があったようだ。 やけに砂塵が舞うなぁと思っていたら、砂塵の正体は小麦粉か何かの穀物系粉ものらしく、この埠頭で船に積み込む際に路上にたくさんこぼれているから、風が吹けば砂塵状になる。 そして雀っ子たちには格好のエサになっている。 なにはともあれこの景色。門司港運、グッジョブ♪
目的を完全に果たしたので、意気揚々と反対側の道を通っていると、トラックで牽引している鉄道用貨物っぽいものを所定の位置に整然と停めている運ちゃんが、我々を観て不思議そうな顔をしつつ半分笑っていた。 物好きもいたもんだ、と思われたのだろうか。 やがて、先ほど目を奪われた巨大アンカー&チェーンのところまで戻ってくると、先ほどはまったく気づかなかったのに、そこには開いている状態の門があった。 そしてその門扉には……
その先が立ち入り禁止区域であることを告げる看板が。 ご丁寧にも4か国語で説明されているではないか。 入って何かあっても市は一切責任を負いません、という宣言がなされているだけながら、実際にここで働いている方々にとっては迷惑なことこのうえないわけだから、先ほどの運ちゃんが苦笑いしていたのももっともなことだったのだ。 今さらながらではございますが、大変失礼いたしました。 でも、門扉が空いていると、せっかくの看板に気がつかないんですけど……。 だからといって、良い子はけっしてマネしてはいけません……。 いささか後ろめたさを感じつつも、当初の目的を果たせたので、そろそろ帰路に。 再び門司港レトロまで戻ってくると、すっかり西日になっていた。 日が高いうちは暑すぎたから上着を部屋に置いてきたところ、さすがにこの時刻になると、風がけっこう強いこともあって寒い。 西日になったら撮りやすくなっているだろうと、駅前の広場に再び来てみると、広場の片隅にこんなものがあった。
まさかバナナの叩き売りに「発祥の地」なるものがあろうとは夢にも思わなかった。 早くから海外に開かれた港だけに、バナナがいち早く登場していたってことなのだろうか。
その後しばらく海辺を散歩してからレトロファミマで買い物を済ませて部屋に戻り、あらためて部屋から夕景になってきた関門橋を眺めてみる。
ん? あの埠頭は先ほどまで我々がいたところではあるまいか。 ズーム。
さらにズーム。
あ、やっぱり! 門司港地ビール側から続く海沿いルートは完全に閉鎖されているんだもの、そりゃ入っちゃいかん区域ですわね。 繰り返しますが、良い子はけっしてマネしてはいけません…。
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