9・1月30日

ナイロビヒルトン

 マンゴーを100円(のつもりでいた)で3つも買ってホクホクしつつ、露店をあとにした。
 あとはもう、今宵の宿、ナイロビヒルトンを目指すのみである。
 ヒルトン!
 なにやら高級そうなイメージ漂う世界的展開を誇るホテルではないか。
 実際に高級かどうかはともかく、そういうブランドなら、ホテルスタッフの手癖が悪かったりすることはないだろう。

 ホテル周辺は完全に都会で、車も人も溢れていた。
 99.9パーセントが黒人だ。当たり前といえば当たり前なのだが、他の惑星に来たような気分にさえなる。 
 このナイロビヒルトンは、ダウンタウンから通りをひとつ隔てただけのところに建っている。
 どこへ行くにも必ずホテルからはタクシーで、というほどにデンジャラスな場所の中でも、ダウンタウンは最たるところのひとつといえよう。
 だからだろうか、ホテルへと続く道には、まがまがしいまでに大げさなセキュリティチェックのゲートがあった。車の下部に探知機を当てるほどの念の入れようだ。
 逆にいえば、ナイロビのもうひとつの現実を知らせてくれているわけでもある。
 旅行出発前は、本当に下手をしたらナイロビで強盗にでも遭ってぶっ殺されるかも…という覚悟を半分くらいはしていたのだが、この数時間のドライブで、覚悟していたのと比べればよほど穏やかで健やかで暮らしやすそうな土地ってイメージを抱き始めていた。
 だからといって、やはりなめてはいけない。ホテルからプラプラ出歩くのはやめておこう。

 ファイブスタークラブと提携しているストロング・テッコーは、右も左もわからぬ旅行者(我々のことね)のために、ホテルのチェックインまでやってくれて、ホテルのレストランまで案内してくれた。テッコーツアーズが素晴らしいのか、提携しているファイブスタークラブがそうなのか、はたまた素晴らしいからこそ提携しているのかそのへんのところはよくわからないけれど、至れり尽くせりのサービスぶりである。こういうサービスを受けると、こちらとしてもこころよくチップを払えるというものだ。
 また明日彼らが迎えに来てくれるまで、ここでいったんジャクソンやウィリアムとお別れだ。

 ポーターに案内された部屋は2階だった。
 フムフム、ナイロビの街のランドマークタワーのようにそびえるこのヒルトンホテルのどのあたりになるんだろう?
 と思ったら、2階はタワービルではなく、「すみません、僕もヒルトンに入れてね」的おまけで繋がっているような別館だった。
 ひょっとしてヒルトンのエコノミー席なのかな?

 買ってきたマンゴーを冷やして食べたかったので、ミニバーである小さな冷蔵庫がまったく冷えていない……というかそもそも電気が通っていないというのが弱点ではあったものの、部屋はサンシャインプリンスホテルよりも圧倒的に広い。なんとなく、ヴィラメンドゥへ行く際にマーレで泊まったホテルの部屋に似ていた。
 室内だけにいるといったいどこだかわからなくなりそうだが、窓外を見てみると、そこはあくまでもアフリカの都市の一画だった。

 ここに小さなうちの奥さんを連れて歩く勇気はなかった…。

タスカービール

 出歩けないとなると、ホテルの中でこれからの時間を過ごさなければならない。
 食事はレストランでとるにしても、さて、ほどよく陽が斜めに傾いたこの時間、我々が求めるものといえば………

 ビールだ!!

 ついに、ついにたどり着いたぜ、黄金の時間に。
 ケニアシリングのレートはおろか、飛行時間すら満足に理解していなかった僕ではあるが、ケニアといえばタスカービールである!!というなんとも心強くも重要な真実は、旅行準備中につねに耳にし、目にしてきたのである。
 ケニアにいくつかある種類の中で、最も好まれているのがこのタスカービールなのだそうだ。
 いわばケニアのオリオンビール。
 きっとケニアのおじいがこぞって自慢するビールなのだろう。
 さあビールタイムだ!プールサイドバーに行こう!!

 部屋はナイロビのエコノミーのような立地だったが、便利なことに、廊下がガラス壁を隔ててプールサイドバー沿いなので、部屋に案内される時点で、そういう場所がここにあるという、きわめて重要な情報をいち早くキャッチしていたのである。
 テクテク歩いて夕風が吹くプールサイドへ行く。
 廊下やフロアにはそれぞれ案内をかねたセキュリティスタッフがいて、みながみな、すれ違うたびに「ジャンボ!」という。
 沖縄に来た修学旅行生たちは、覚えたてのウチナーグチを話そうと、出会うたびに

 「ハイサイ!!」

 って声をかけてくるけれど、普段の生活で使っている沖縄県民は世代的にもうあまりいない。
 だから「ジャンボ!」という有名な挨拶も、観光用でのみ存在している古語だと思っていた。
 ところがジャンボってのは、英語で言うと「Hi」みたいなもので、朝も昼も夕も夜も、24時間いつでも使える挨拶言葉として今も思いっきり現役の言葉だったのである。
 だから、ホテルの随所で会うスタッフたちは、会うたびにジャンボ!と言ってくるのだ。最初はテレがあった僕たちだったが、あまりに普通にみんな使うから、いつしか普通に話せるようになっていた。

 日中あれほど強かった日差しはいつのまにか穏やかな夕方のそれに変わり、ナイロビヒルトンのプールサイドには心地よいそよ風が吹いている。
 絶好のビール日和ではないか。
 ビールに日和があるかどうかはともかく、襟を正してウワサのタスカービールの記念すべき1本目にチャレンジ。
 ダハダハダハ…とだらしなく目尻を下げ、差し出された瓶を手にする我々。
 さっそくグラスになみなみと注ぎ、ケニアで初の乾杯!

 おお……。
 美味い!!
 やはり南国にはアルコール度数控えめのビールのほうが合う。
 以前はオリオンビールもこのくらいの度数だったような気がするのだが、アサヒのスーパードライ旋風以降、ビールといえばこぞって約5パーセントのアルコール度数になってしまった。
 同じ料金ならアルコール度数の高いほうが上等だろうという、本当は貧乏な日本人的単純思考だったのだろうか。
 でも喉が渇いているときには、4
.2パーセントくらいのこのタスカービールのほうが圧倒的に美味しく飲める。味だってオリオンビールにひけを取らない。
 しか〜し!!
 部屋のミニバーだけかと思ったら、ここのビールもまったく冷やされていないのである!!
 なんでだ?ケニアにはビールもしくは飲み物を冷やすという風習がないのか??
 ビールといえば冷えていなければちゃぶ台返しの民宿大城のナリコさんが飲めば、間違いなくこのカウンターは真っ二つに叩き割られていたことだろう。

 ま、それでも美味しいことは美味しい。
 うーん、これは長くお付き合いできそうな気がするぞ………。
 いつの間にか胃袋絶好調になりつつあるうちの奥さんも、そよ風に吹かれて大層心地よさそうだった。

 いいこんころもちになり、このままただちに夕食へとなだれ込めればバッチシだった。が、ちょっとフライング気味にここに来てしまったので、夕食を食べるにはまだ早すぎる時間だ。
 しょうがないのでホテル内を探検してみた。
 ものの本によると、このヒルトンホテルはショッピングアーケードと繋がっていると書かれてあった。ホテルから出るのはコワいけど繋がっているアーケードなら大丈夫かな。
 が。
 そのアーケードへの2重の通用門は、故ブルーザー・ブロディがいつも振り回していたような太いチェーンで硬くロックされ、開かずの扉と化していたのだった………。
 作戦失敗。