サザエさん作戦 2003 その1 

 旅行の行き先が国内の場合、我々には一つの目標があるということはご存知のとおり。え?ご存知ない?
 では伝えよう。
 「サザエさんのオープニング」制覇計画である。
 サザエさんとはいうまでもなく日曜夕方6時30分から放送されているアニメ番組だ。
 爆発的なブームになることはなく、さりとて人気が下がることもなく、視聴率調査では必ず上位にランクインしているフジテレビの長寿番組である。
 「サザエでございます!」という声から始まるそのオープニングを知らない、という人はよもやいらっしゃるまい。
 季節ごとに作りかえられるそのオープニングでは、サザエさんが散歩をしたり、お風呂に入ったり、時には気球に乗ったりして、いつも日本各地の観光名所を訪ねているのだ。
 僕たちもサザエさんのように日本全国の観光名所を訪ねまわってみたい……。
 平泉、松島、仙台、別府、松山、金毘羅さん………ここ最近の我々の旅行はそういう目標があったのである。

 今回はまずどこに行ったかというと……。

 横浜中華街!!

 なんの脈絡もないことは充分わかっているけれどもまぁ我慢してたぼれ。
 中華料理を食いたかったということのほかに強いて理由をあげるならば、学生時代の同期の人間がけっこう横浜に住んでいるってこと。
 都内で勤めていた頃は、年に一度くらいは無理矢理飲み会を企てて会っていたのだが、沖縄に越して以来、年に一度の年賀状だけのつきあい、というヤツもいたので、ここらで一発再会しようと企てたわけである。
 横浜在住の人間に中華街というのは、沖縄から来た人と沖縄料理屋で飲むようなもので申し訳ない気もするけれど、こういうのは企画者の特権である。

 というわけで、この日昼過ぎ、池袋から横浜へと大移動(?)をしたのだった。
 せっかくだから横浜見物もしてみたい。
 そんなとき、忘れてはならない人がいる。
 ケンタローだ。
 あ、みなさんはすっかり忘れたかもしれないなぁ……。
 学生時代の後輩にあたる彼は、以前クロワッサンで2シーズンほど活躍していた。90キロ近くあった体重を70キロ台にまで落とすほどにこき使われたドレイである。
 彼は何を隠そう、生粋のハマッ子なのだ。
 これを使わない手はないではないか。
 ああ、可愛そうにケンタロー。すでに立派な中間管理職として日々勤務しているというのに、会場の手配から連絡係から、すっかり幹事にされてしまった。
 そのうえ、
 昼間横浜を案内してくれ
 という田舎者の駄々に、会社まで休んで応えてくれたこの心意気……。
 なんて便利なヤツ………あ、違った、なんていいヤツなんだろう!!

 東急東横線桜木町駅改札で待っていると、サングラスを眼鏡に換えたブルースブラザースみたいな人が現れた。
 我等がケンタローである。
 なんだか全身これハンプティ・ダンプティ サット オン ザ ウォール!!って感じ。ドレイ時代にしぼんだ体はすっかり元に戻っていた。

 ハンプティ・ケンタロー案内のもと、まずは下見をかねて中華街に行ってみた。桜木町から2駅の石川町駅下車である。
 歩いていると、そこかしこで大きな原色の門があった。昔の中国の都市のように、各方位に門を拵えているのだそうだ。いったいどれがホンマモンの門なのだ?いや、ホンマモノもニセモノもないんだけど、よく目にする門はいったいどれだ?

 そうこうするうちに、あたりはすっかり人ごみの真っ只中になっていた。そしてそこに、これぞ横浜中華街の門、とでもいうべき立派なヤツがドデンとそびえたっている。記念に写真をパチリ。
 中華街に来て観光するような田舎者は我々くらいなものだろうと思っていたら、いるわいるわ、涌き出る泉のように人が溢れているじゃないか。これだけの人間がすべて中華料理を食べに来ているのだとしたら、瞬く間にサメは絶滅するだろう。

 今宵の予約をしてある店は、本通りに居を構える均昌閣という店である。ガイドブックにも載っているところらしい。個人的には、もっと裏通りにある地元の人が行くような店で食ってみたいところながら、地元の人を呼ぶわけだから、普段行かなそうなところのほうがいいってことに違いない。さすが、幹事ケンタローである。
 ところが、生粋のハマッ子だから中華街もお手のものかと思いきや、
 「俺、中華料理はあんまり好きじゃないんですよねぇ……」
 はぁ?
 今明かされる衝撃の真実。トロトロしたあんかけ的なものが嫌いなのだそうな。
 嫌いな料理を食うために店を選ばされるケンタローっていったい……。

 人込みにまぎれつつ歩いているうちに、関帝廟という大きな大きな建物にやってきた。

 この関帝廟の関とは三国志でおなじみの関羽のことである。多くの日本人にとっては関羽といえば劉備を補佐する猛者、というイメージしかないだろうが、実は中国の人たち、特に商売をする人たちにとっては金儲けの神様なのだそうだ。
 早い話が、関帝廟とは日本人にとっての戎さんや弁天さんなのである(たぶん)。ただ、えべっさんに比べれば、祭られている関羽はあくまでも威厳に満ち溢れてはいたが……。
 とりあえず異国の神様に気合の100円を投じておいた。

 中華街を抜けたあと、元町通りを歩いてみた。
 横浜開闢以来というのは大げさながら、古くからある商店街だそうで、居並ぶ店も歩いている人々も、一様に落ち着いた雰囲気である。このあたりが、山の手的格調高さなのだろうか?
 途中にあった喫茶店に入った。
 ケーキセットや軽食を出す店である。これでうちの奥さんがいなかったら限りなくアヤシイ2人になってしまう。
 2階から通りを眺めていると、犬を連れている人が異常に多いことに気がついた。そういえば、商店街入口付近には、犬用の服の店があったっけ。犬の散歩ついでに商店街に来る人というのはつまり近所の方であるわけで、すなわち山の手の方々である。雑多な池袋と同じ国とは思えない。各店の前に設置してある様々なベンチも心づくしが感じられてステキだった。

 元町商店街を抜けてしばらく行くと、山下公園にたどり着く。
 氷川丸が停泊しているところである。
 戦時中の病院船としての特務艦時代以外は、戦前戦後と、日本とシアトルを結ぶ客船だった船なのだそうだ。  
 退役後、横浜港の象徴としてここに停泊されているわけだが、いかに歴史的に由緒ある船といってもいまいちピンと来ないよねぇ?これが氷川丸かぁッ!!って感動する人っているの??珠玉のインテリア、アールデコっていわれたって、800円払ってまで見たいとは思わんぞ。

 そのかわり、すぐそばの桟橋から発着しているシーバスに乗ってしまった。
 ちょっと先のMM21まで10分間の船旅。
 横浜港内をちょこっと見物がてら座って休憩できるというのが魅力だったのである。
 幸い、港湾の景色を案内してくれるガイド・ケンタローもいるし。
 船内の客席は左右に分かれていたので、港内を見物するには右左どっちがいいか悩んだものの、悩むくらいならいっそのこと後部のオープンデッキにいればいい、ということになった。ここだったら、左右どちらでも見放題だ。
 が。
 シーバス発進とともに船尾に群れ集うカモメに夢中になるうちの奥さんであった。
 せっかくケンタローが
 「あれが横浜ベイブリッジで、あそこが赤レンガの倉庫……、あれは大桟橋です…」
 って説明してくれているというのに、彼女も写真を撮る僕もカモメしか見ていない。
 それにしても、なんでおあつらえむきにうちの奥さんのバッグには食パンが入っているのだ?
 周りにいた小さな子供にもパンを渡して、みんなでカモメにパンを投げた。

 MM21とはいったいなんのことだかわかっていなかったが、着いてみればなんのことはない、みなとみらい21の略ではないか。最近は映画のタイトルでもなんでも、イニシャルで表示しすぎである。
 そこには、NHKの全国区ニュースの風景画でときおり写る、大観覧車があった。
 このごろはいろんな街が大観覧車をまねているが、都会に大観覧車、というハシリはここ横浜なのである。少なくとも僕の認識では。

 どこもかしこも大観覧車というのは国民として非常に気恥ずかしいものを感じるけれど、横浜は先駆者であるからして、乗ってみることにした。
 いい年こいたおっさんとおばはんが3人で観覧車、というのはまるっきり絵にならないが、見通しのきかないどんよりと曇った世界はそれ以上に見所も何もない。
 これ、ジャックが出たら逆回転とかなったりして……
 とか、
 片側に三人とも乗ったら傾くかな?
 とか、
 これ、停まったまま2度と動かなくなったらここから降りれる?
 とか、
 誰が一生懸命写真撮っているのかと思ったら、高層建築用のフラッシュライトだったのか……
 とか………ろくに景色も見ないでくだらない話をしている間に、観覧車は1周してしまった。

 MM21のビルをぶちぬくように駅まで続いている通路を歩いていると、
 「ここって、踊る大捜査線の映画のロケ地ですよ」
 と、ガイド・ケンタローが言う。
 おおッ、ここはあそこじゃないか!!
 小泉今日子が不気味的アップで初登場する喫茶店のシーンである。
 あの喫茶店は、実は全部セットだったのだ!!
 ウーム。横浜でロケしていたのか……。

 「あのシーンには誘拐事件の犯人も写ってるんですよ」
 ん?
 帰ってきてからビデオを観たら、本当だ、犯人写ってる……。
 マニアかケンタロー!!
 それにしてもさすが専属ガイド、客の心をくすぐるくすぐる。そう、僕ってミーハーなの。

 その他、大道芸をみたりなんやかやとしているうちに、日はどんどん暮れていき、観覧車は夜の装いになっていた。
 ほどよい時間である。しかし歩いた距離はほどよさを通り越していたため、すでに足は棒になっていた。あまり疲れすぎると食欲が減退するので、いい加減ここらで休憩しておいた方がいい。足を引きづりつつ、集合場所である石川町駅に向かった。