写真・文/植田正恵

139.ゴトン!フクギ
月刊アクアネット2014年12月号

 

 毎年秋になると、我が雑貨屋さんの屋根から「ゴトン」というかなり大きな音が頻繁に聞こえるようになる。

 初めて耳にしたとき、何の音だろうと不思議に思って外に出てみると、そこには柿を小さくしたような実が落ちていた。
 フクギの実だ。

 雑貨屋さんの棟のすぐ横に、高さ10メートルほどのフクギが2本生えている。
 近所のおばあによると、そのフクギは
30年くらい前の時点ですでにかなり大きかったよ、ということだから、少なくとも樹齢50年以上は経っていると思われる。

 フクギはもともと沖縄に自生していた植物ではなく、フィリピン周辺が原産地だ。
 海洋国家だった琉球王国時代に、防風防潮にとても優れているということで台風銀座の沖縄に移入したらしい。

 沖縄の家々が木造家屋だった頃は、台風の強烈な風から家を守るために、敷地の周囲をこのフクギでぐるりと囲むのが田舎のスタンダードだったようだ。

 田舎の海辺に今も残っているフクギの壁に囲まれた集落は、タイムスリップしたような、これぞ沖縄といった趣がある。
 本部町内の備瀬集落には、約2万本、古いもので樹齢
300年のフクギが作る昼なお暗い並木道が1kmに渡って続いており、今ではすっかり観光名所になっている。

 備瀬の並木道ほどとはいわずとも、県内にはそこかしこでこのフクギが防風林として活躍している。
 となれば、いざ台風襲来となれば四方八方から風が吹く水納島でも、さぞかしフクギが大活躍して……

 ……はいないのだ、これが。
 島内には我が家の2本のフクギのほかに、申し訳程度に生えている程度にすぎない。

 というのも、フクギが防風林として役に立つのは木が成長すればこそなのに、このフクギの成長が笑ってしまうくらいにゆっくりなのだ。
 そのため、ともかく何か防風用に木々を!というときに、気長にフクギの成長を待っているわけにはいかなかったのだろう。


 フクギの存在は、もちろんいいことばかりではない。
 花が咲く季節には飲み屋街の路地裏のようななんともいえない匂いがそこはかとなく漂うし、食用には適さない実を落ちるにまかせて放置しておくと、まるでガス漏れしているかのような異臭を放つ。
 しかも次の年には、そこらじゅうフクギの若苗ばかりになってしまうというおまけつきだ。

 たった2本でさえそんな目に遭っているくらいだから、並木道をウリにしている集落の苦労はいかばかりかと気にはなるところではある。
 近頃は路上に落ちた銀杏の匂いが迷惑だとイチョウの並木道沿いの店主から行政に苦情が出る世の中になっているようだけど、銀杏ひとつ秋の風物として捉えなれない人たちがフクギ並木の集落に住もうものなら、地域の役所はてんやわんやになることだろう。


 一癖もふた癖もあるフクギながら、いいところも悪いところも含め、沖縄っぽいイメージをかもし出してくれるその存在感は、やはりナニモノにも代えがたい。
 近頃では染物をする友人が雑貨屋さんの商品用に、我が家で剪定したフクギの枝を用い、黄八丈をもう少し淡くしたような素敵な味わいのフクギ染め作品を各種作ってくれてもいる。

 水納島では貴重といっていい我が家の2本のフクギはまさに財産。これからも大事にしていこうと思っている。