写真・文/植田正恵

144.タコって買うものなんですか?
月刊アクアネット2015年5月号

 沖縄の大学を卒業後都内で働き始めた頃、生まれも育ちも就職先も沖縄の友人が上京してきたので一席設けた。
 すると彼女は宴席に着くやいなや興奮気味に、

「東京ではただでテイッシュがもらえる!」

 と喜んでいた。

 当時の世の中はまだバブルの余韻があり、都内の随所でポケットティッシュを景気よく無料配布していたものだったけれど、宣伝のためにティッシュを配るというカルチャーがなかった当時の沖縄の人たちから見ると、かなり奇異に思えるものだったのだ。

 水納小中学校では毎年、3学期終了前にPTA実技研修という学校行事がある。
 実態はほぼ調理実習なので、早い話が運動会や学習発表会のあとの「反省会」と同じく、島内で宴席を設けることが趣旨の行事だとばかり思っていた。

 ところがこの行事には、実にまっとうな意義があることをこの春初めて知った。
 中学校を卒業して島から出ていく子供たちが、親元を離れて本島で生活をするうえで、とりあえず最低限必要な料理の方法をあらかじめ学んでおく、という離島の暮らしならではの大切な行事だったのである。

 学校の授業の一環で児童生徒職員一同はジャガイモ作りを毎年やっていて、その収穫物を利用した料理を地域の人とともに作る、という形態になっている最近の実技研修、その趣旨的には子供たちが自発的にメニューを決めて…というものであるべきなのかもしれない。

 しかしゲンジツは児童生徒の意見よりも婦人部のオネーサマがたの意見のほうが圧倒的に強く、「カレーを食べたい!」という子供たちの声は瞬殺でデリートされ、どうせやるなら普段食べられないものを作ろう、というオトナの意見になるのは仕方のないところか。

 また、行事の意義とは裏腹に、その年に卒業する生徒が調理実習の主役になるというわけではない。
 要は老若男女が揃って行う地域拡大版家庭科調理実習のようなものなので、皮剥きなどの単純作業をしているときなどにはいろんな人とゆんたくすることになる。

 そんな調理実習中、島のタコ捕り名人から差し入れしてもらったタコを私が茹でていたとき、傍らにいた先生から面白い話を伺った。
 ある時彼女が受け持っている生徒とタコの話になった際に、その生徒がオドロキの声を発したというのだ。いわく、

 「え!本島ではタコって買うものなんですか?」。

 彼の父もまたタコ捕り名人で、海に行けばたいてい数匹のタコをゲットしてくる。
 彼にとっては子供の頃から、タコといえば「お父さんが海に行って捕ってくるもの」なのであって、スーパーで買わなければタコを食べられない、しかもそのほとんどは外国産、という生活なんて、夢にも思ったことがなかったのだ。

 

 水納島では海に行って魚介類を獲り、畑で野菜を作って食べるのが当たり前だから、その生徒が驚いたのも無理はない。
 もしかしたら子供たちはある時期まで、トマトや大根やニンジンも「買うもの」ではないと思っているかもしれない。

 けれど島を出るまでにはきっとオドロキの瞬間がやってきて、カルチャーショックを受けながらも島外のスタンダードを学んでいくことになるのだろう。

 タコに驚いた生徒も、新たな知識を得てこの春島を巣立っていった。ポケットティッシュ頒布に驚く日も近いかもしれない。