写真・文/植田正恵

154.11年ぶりの出産祝い
月刊アクアネット2016年3月号

 昨年11月、島で出産祝いの宴があった。

 実に11年ぶりである。
 11年もの間出産祝いが催されなかったのは、ただただ11年間島で子供が生まれなかったから。
 水納島は日本のどこの地方でも抱えている問題、すなわち過疎少子高齢化の最先端を驀進中なのだ。

 久しぶりの新生児に、島内が湧き立ったのはいうまでもない。
 島では子供が生まれると、生まれて1年以内に、島の多くの人の都合がつきやすい日を選んで出産祝いが行われるのが習いで、島の人々と近親者が自宅に呼ばれ、飲めや歌えの大宴会になる。
 そして親族の女性は、前日からお祝いの料理を作るのにかかりきりになるのが定番だった。

 ところが久しぶりに催された今回の出産祝いは少し趣向が違い、会場は水納小中学校のオープンスペースに。
 そのため先生方も自動的に全員参加になると同時に、場所が場所だけに時間制限有り、というものだった。

 準備された料理は、沖縄のお祝いのときには欠かせない中身汁(豚の腸としいたけやこんにゃくなどで作るお吸い物)や赤飯などお馴染みのものを踏襲する一方で今風のオードブルもあり、なかなかうまいこと伝統と便利さを折衷していた。

 ところで、生まれた子のお父さんは小学生時代を水納小中学校で過ごしていた島民である一方、お母さんは私と同じ埼玉出身。
 お父さんはきっと感覚として盛大な出産祝いは当たり前のこととして捉えていただろうけど、お母さんのほうはおそらく「え!そんなことをするの?」と驚いたに違いない。
 日本の他の地域はともかく、少なくとも埼玉近辺では「出産祝いの宴」といったはっきりしたものなどなく、親族や友人からお祝いの品などをいただくだけ、というのが一般的だからだ。

 これは沖縄ならではの文化なのか…と思いきや、沖縄生まれの先生によると、沖縄本島でも出産祝いは近い親族だけが集まり、料理もオードブルをとって済ませ、中身汁をかろうじて作るかどうか、という程度のものらしい。
 出産祝いといったら派手な飲み会、という水納島流がスタンダードになってしまった私にとっては、その先生が「水納島では出産祝いをいつもこんなに盛大にするの?!」と驚いていたのがかえって新鮮だった。

 前回の出産祝いから11年の歳月が流れ、多少形式が変わりはしても、その根底に流れている「子供は島の宝物」という島民の気持ちは変わらない。
 家族親族近所の人たちが集まると結局島民全員ということになる一大イベント、開催するのが当然でしょ的な宴席になるのも大いに頷ける。

 このたびの祝いの席でもやはり、まるで結婚式のキャンドルサービスのように、生まれた子を抱きながら各テーブルを回り幼子を披露する両親、そして目を細めてその姿をうれしそうに見つめている島の人々の姿があった。
 もちろん見つめるだけではなく、その子供はかわるがわるみんなに抱っこされるのがおきまりのパターンだ。
 これでは島の子は人見知りになりようがないなあと思いつつ、私も抱っこさせてもらった。

 残念ながら今のところ次の出産祝いの予定は当分なさそうな水納島である。
 若い世代のみなさん、生まれた瞬間から「島の宝」になることが約束されている小さな島での子育て、いかがでしょう?