写真・文/植田正恵

158.大病記・(上)
月刊アクアネット2016年7月号

 早朝、突如下腹部にものすごい激痛が。

 あまりの痛みに吐き気をともない、身動きはおろか呼吸をするのも一苦労なほどだった。
 いったんはおさまったものの、その後翌朝までにそれを3度繰り返し、ことに夜半に襲われた3度目は長くしつこく、この尋常ではない痛みにはさしもの私も覚悟を決めた。
 ヨロヨロと這うように朝一の連絡船に乗って本部町内屈指の総合病院へ駈け込んだのは、昨年6月初めのことだった。

 盲腸だろうか、結石だろうか。はたまたもっととんでもない事態になっているのだろうか。
 CT検査をした結果、どうやら卵巣にモンダイがあるようだけど、さらにハッキリさせるためには専門医がいる名護の総合病院に行かねばならないという。

 病院のハシゴ?ともかく救急扱いで名護まで行くことに。
 でも救急外来とはいいつつ、そこから車で
30分ほどかかる場所である。
 実に呑気な「救急」もあったものだ。

 そこでもやはりMRIその他検査検査のオンパレード。
 結果、どうやら卵巣に嚢腫があるとのことで、それがはじけてしまったための激痛だったらしい。

 
 ところがすでに朝から、婦人科のセンセイも首を捻るくらいに不思議と痛みはゼロになっていたため緊急手術とはならず、詳細な検査結果が出るまで2週間ほど様子を見ることになってしまった。

 前日にガマンしすぎちゃったのだろうか…。

 でも、センセイいわく激痛のあまり失神する人もいるというのに、様子を見ている間にまた痛くなったらどうしたらいいんでしょう?せめて鎮痛剤くらいはもらえないんでしょうか。
 すると、

 「痛くなったらガマンせずにすぐに救急で病院に来てください」

 あのぉ、時刻を問わずすぐに病院に来られるくらいなら、こんな苦労はしてないんですけど…。

 結局ナニゴトもないまま2週間経ち、激痛とは無縁になってはいたものの、やはり診断結果は卵巣切除手術が必要ということになった。
 そうと決まれば最速の日程で手術をお願いしたいところである。
 が、本島北部唯一の婦人科の手術日は週に2日しかなく、望みうる「最速」の手術日まで、さらに
2週間待たねばならなくなった。

 沖縄は梅雨明けを迎え、ハイシーズンに突入しているというのに、卵巣に爆弾を抱えたままの私は潜ることができず、仕事上は戦力外通告だ。
 それでも連日の接客=夜の酒席のために、ようやく迎えた手術日には、完全無欠の睡眠不足状態になっていた。
 手術前日の患者さんはたいてい不安で眠れぬ夜を過ごすそうなのだけど、前日も含め
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日の入院中は、自宅にいるより遥かに静かな病室で、誰はばかることなく爆睡することができたのだった。

 おかげさまで腹腔鏡手術の予後も良好で、手術から2週間経った頃にはフツーに潜って飲んでいる私がいた。
 とはいえその後も術後の診断や継続治療など、連絡船の便は限られているから、どうしてもほぼ半日以上を本島で費すことになる病院通いが続く。

 その時間があればあれもこれもそれもできるのに…と思いつつも、医師不足のために沖縄本島北部地域に婦人科そのものがない状態が数年前まで続いていたことを考えれば、毎回日帰りで済ませることができたのは、名護の総合病院に婦人科が復活してくれていたおかげだ。

 そんな人生初の「大手術」もすっかり過去の話となった数か月後。
 やっぱり健康はいいね!なんていいながら畑の準備に精を出し、オフの旅行先に夢を馳せていたのだけれど…。

 (つづく)