写真・文/植田正恵

16.ゴミとともに去りぬ
月刊アクアネット2004年9月号

 本土だと、9月ともなれば秋の風が漂い始めるのかもしれないけれど、沖縄はまだまだシーズン真っ盛り。

 普段3往復しかない連絡船は、夏休み中は12往復、そして今の時期は8往復して大勢のお客さんを運んでいる。

 お客さんにとっては交通機関のひとつに過ぎない連絡船も、島民にとっては大事なライフライン。
 そのため乗客以外にもいろんなものを運ぶ。

 食料品はもちろんのこと、燃料、肥料、建築資材、はては牛やヤギまで。

 そんな連絡船の荷物のなかで、我々がゲストに対してやや気まずい思いをしてしまうのがゴミである。
 可燃、不燃合わせて週3回のゴミ回収日にかち合うと、朝一番の便で島を発たれるゲストは、ゴミの山の脇から手を振ることになってしまうのだ。
 せっかくきれいな海と砂浜を堪能したのに、最後の最後でゴミと一緒に連絡船に乗るなんて……。

 やれダイオキシンだ、環境ホルモンだと騒がれ始めた頃に私は水納島に引っ越してきた。
 当時島の各家庭のゴミは、共同で使うごみ捨て場(沖縄風に言うとチリ捨て場)に各自が捨てて燃やしていた。
 きっとダイオキシンが発生しまくりだったことだろう。

 また、風が強い日やそれほど量がない場合はとりあえず捨てておいて、後日ゆっくり燃やしていたため、時折風でビニールが舞ってしまったり、カラスが散らかしたりで、なんだか汚らしかった。

 沖縄の各離島にはこのような「恥部」が必ずあるのだが、水納島の場合は島自体が小さいために、容易に人目に触れてしまうのがやっかいである。

 こういったゴミ事情に慣れていない学校の先生が、強風のときにゴミを燃やして大騒ぎになったり、電球やガラス瓶にフタをしたまま捨ててしまい、燃やす人が危険な目に何度も遭っていたということもある。
 我が家はゴミ捨て場に近いので、ゴミ捨て場からポンッという音がしたら、「ああ、また先生のシワザだな」と苦笑したものだ。まさか理科の先生はやってないと思うけど……。

 その後、巷でさんざんゴミ問題が騒がれるようになったために、本部町もようやく重い腰を上げ、数年前から連絡船に乗せて本島までまとめて運び、ゴミ回収業者に回収してもらえるようになった。

 これは本当に画期的でうれしい変化だった。
 連絡船が欠航するとゴミが溜まっていくのが難点だけれど、それでも燃えるゴミが週に2回出せるのは大きい。

 また、ゴミの回収が始まったためにゴミを分別する必要も出てきて、島民のゴミへの関心も高まった。
 なにしろそれまでは、どんなゴミでもひとからげだったのだから。

 これでさぞかし水納島がきれいになるだろうと思いきや、意外に大きくは変わっていない。
 世の中には、平気でそのへんに空き缶やタバコの吸殻などを捨てる人たちがまだまだ大勢いるのだ。

 観光客が増す夏場には、道端のゴミも同じように増える。
 自然を求めて島に遊びに来て、なんで道端にタバコをポイ捨てできるのだろうか…。

 ビーチが毎日毎日きれいなのは、ビーチスタッフが毎朝ゴミを拾っているからなのである。自然が勝手にゴミを消し去ってくれるわけではないのだ。
 お客さんたちの意識改革を切望する次第である。

 とはいえ、お客さんの意識改革がどれだけ進もうと、最後に「ゴミとともに去りぬ」ってことになるのは今後も避けられないかな…。