写真・文/植田正恵

167.スーパー鮮魚PTSDの克服

月刊アクアネット2017年4月号

 この冬埼玉の実家に帰省していたおりに、近所のスーパーに立ち寄った。
 旅行をするとその地方のスーパーを覗くのを楽しみにしている私にとって、鮮魚コーナーは特に地方色が濃厚に出て面白い。

 そのためついつい埼玉が海なし県であることを忘れ、いつものクセで鮮魚コーナーを見てビックリ。

 富山産ブリ、長崎産アジ、石川産甘エビなどなど全国津々浦々の垂涎ものの鮮魚が、綺羅星のごとく並んでいるではないか。

 海に囲まれた沖縄のスーパーよりも、よほど品揃えが充実している!ショックのあまり、沖縄に帰ってきてからしばらくの間、乏しい品揃えの刺身系にまったく食指が動かなかった。

 実はこの帰省のあと、美味しい魚三昧の日々を送るべく長崎は五島列島に旅する予定だった。
 その矢先に、昔であれば産地ならではだった魅力的な鮮魚が、埼玉のスーパーで簡単に手に入る現実を目の当たりにしてしまったのである。

 この流通の世の中で、わざわざ時間と費用をかけて沖縄の離島から長崎の離島に行く必要はあるのだろうか。
 構想2年の悲願の五島旅行だったはずなのに、なんだかすっかりトーンダウンしてしまった。

 それでも予定どおり五島を目指し、昼に夜にこれでもかとばかりお魚尽くしで過ごした結果、現地で地のものを食べるのが一番うまい!という結論に今さらながら達した。

 どの店でも必ず頼んだ刺身盛りひとつとっても、ネタはすべて五島産でありながら、ひとつの料理にするために何をチョイスするかが大将によって異なるのも素晴らしい。
 ある店ではアジとサザエのみという潔い変化球勝負もあったのだけれど、海況等で左右される品揃えに鑑み、この日この時ここ五島ならこれでしょう!!というお店の心意気にも思えた。

 また地元でクロと呼ばれるメジナは五島では沿岸魚ネタとして普遍的なようながら、店によって皮付き(現地では普通)だったり、客筋を見て皮無しだったり、両方のバージョンで出したりと供し方は様々で、少しクセがある魚だから福江島のどこそこの港に上がるクセの少ない物だけを仕入れる、というこだわりを持っているお店もあった。

 ブリやヒラマサや大きめのアジなど割合一般的なネタであっても、こちらでは刺身の表面に切れ込みが入っているのが普通らしく、刺身ひと切れにさえその土地の文化を感じることもできた。

 ある店のカウンターでは地元のキビナゴ漁の現役漁師さんと話す機会にも恵まれ、漁法や季節によって異なる脂のノリ具合、さばき方などを教えてもらうこともできた。
 スーパーの鮮魚がどれほど充実していようとも、こういう話はやはり現地でしか得られない楽しみである。

 それを思うと、水納島ご滞在中のゲストに食べていただくものだって、そのあたりのスーパーで買ったものよりは、現地で獲って捌いたそのヒト本人に話を聞きながらいただくほうが、よほど味わい深いものになるに違いない。
 味を感じる味蕾は舌の表面にだけあるのではなく、心にだってきっとたくさんあるのだから。

 そう考えられるようになっただけでも、五島旅行はけっして無駄ではなかった。
 おかげでようやく“埼玉のスーパー鮮魚コーナーPTSD”から立ち直った私は、流通の力もそれはそれでアリと捉え、全国の旬の鮮魚をたんまり買い込み、ゼータクに家飲みしよう!と、早くも次回帰省時の作戦計画を練っているのだった。