写真・文/植田正恵

168.不合品

月刊アクアネット2017年5月号

 露地栽培がもっぱらの水納島では、ほとんどの野菜が冬から春にかけての期間に収穫時期を迎える。
 野菜を本島に出荷する農家はまとまった量を一度に収穫するため、形の良くないもの、傷をつけてしまったものもまた、一度にたくさん出ることになる。

 それらは出荷するわけにはいかない規格外品で、水納島では「不合品」と呼びならわされている。

 私が島に引っ越してきた頃は、野菜を出荷している農家が今よりも遥かに多く、みんなほぼ同じものを作っていることもあって不合品の貰い手がなく、それらは畑の隅で土に還る運命になっていた。
 販売業者にとっては不合品でも、まだフツーに食べられる新鮮な野菜が無造作に放置されているわけだから、毎日島に通う郵便配達係のおじいがそれを目にしては

 「水納島の人はもったいないことをするねえ」

 と言っていたのも無理はない。

 ところが最近では、これまで畑仕事をしていた方々が高齢化のため次々に引退してしまい、そのうえ畑で野菜を作ろうとする若手もほとんどいない。
 そうなると、ただ食い意地から始めた私の家庭菜園で得られる野菜ですら貴重品になり、季節になると各方面からアテにされるようになってしまっている。

 それと同時に、今まで土に還るだけだった不合品たちも一気に赤丸急上昇、貴重かつ美味しい野菜としてランクインしているのだ。

  今年の3月のこと。数年前に農作業を引退したお隣のおばあ(大正生まれ)に、我が菜園で採れたブロッコリーを持っていった。
 売り物になっているブロッコリーは頂花蕾の部分で、それを収穫したあとに脇から出てくる側花蕾の部分はスーパーではまず目にできないからあまり知られていないかもしれないけれど、なにげにとっても美味しい。

 3月はすでに野菜類の収穫も終盤を迎えているから、私がその時おばあに持っていったものもやはり側花蕾だ。
 昔でいうなら文句の付けどころのない不合品である。

 不合品を土に還していた時代を長く過ごしていたそのおばあにそういうものを持っていくのは、実のところ恐る恐るではあった。
 ところがおばあはとても喜んでくれて、数日後には

 「まだある?あったらちょうだい!」

 とまで言ってもらえた。
 茹でてサラダにしたものを、普段一緒に食事をしている息子さんには出さず、一人で食べたというお話は、私にとってなによりもの褒め言葉だ。
 聞けば、彼女がブロッコリーを作っていた頃は、側花蕾を採ったとしても先のほうだけで、後の部分は捨てていたのだとか。
 今回私は茎の部分ごと持っていったから、むしろ茎の部分のほうこそがメインイベントであるということを今回初めて知ったという。
 当時は思いもよらなかったであろう、不合品の大出世である。

 聞くところによると、ポテトチップスを作れないほどの深刻な品不足に悩まされているジャガイモ界でも、規格外品を活用しようという動きがあるらしい。
 これまでは売り物ではなかったものの地位が、分野を問わずどんどん向上しているようだ。

 といいつつ。この冬はいつになく我が家庭菜園の野菜の出来がよく、異常気象に苛まれることなく収穫率ほぼ100パーセント状態になっているものだから、日持ちしないものを中心に島民友人知人に精力的に配りまくり、ある程度保存食を作りはしても、結局3分の1くらいは土に還ることになってしまった。
 出来の良いものが当たり前に豊富に簡単に手に入ってしまうと、あっという間に出番が無くなってしまう「不合品」なのであった。