写真・文/植田正恵

175.遠来のゲストが求めるもの

月刊アクアネット2017年12月号

 当店のダイビングの営業は毎年10月一杯をもって終了するので、現在は待ちに待った晴耕雨読&とんぼ玉制作の暮らしになっている。

 冬場をそうやって呑気にのんびり暮らせるのも、シーズン中にお越しくださるお客様がいらっしゃればこそ。
 我々が島でこの仕事を初めてからやがて四半世紀になろうとしている今、ダイビングのゲストの八割ほどはリピーターさんたちとなり、客層はなんだか老舗の居酒屋のような雰囲気になってきている。

 そんな彼らがほぼ毎年、あるいは1シーズンのうちに何回も水納島に通ってくださるおかげで、低空飛行ながらも我々の暮らしは維持できているのだ。

 沖縄本島北部なので時間的距離でいうなら飛行機で行ける宮古・石垣よりも遥かに遠く、本島近辺でも那覇経由で慶良間諸島や久米島など、便利な他に場所がいくらでもあるのに、あえて那覇からはるばる陸路数時間かけて不便で辺鄙なところまでわざわざ来てくださるからには、不便さを補って余りあるものがなにかしらあるに違いない。

 ところが沖縄県は、沖縄観光がブームになってからというもの、その「なにかしら」が何であるかを深く考察することなく、観光客が増える=レンタカーが増える=交通量が増える=道路を立派にしていく、という確固たる信念を持ってしまった。

 そのために海は埋立てられ、野山は次々に更地になり、立派になった道路の周囲はどんどん切り拓かれてゆく。
 沿道に造成された土地には、ショッピングモールや回転寿司など全国チェーンの飲食店や大手量販店が建ち並び、もはや街路樹のヤシの木を除き、東京郊外の街の風景とさほど変わらなくなってきたという声も多い。

 今年の夏、ついに名護市にまでメガドンキがオープンしたので、落ち着いた頃を見計らって立ち寄ってみた。
 外見ほど店内は広くないけれど、沖縄の田舎にある店としては品揃えが半端なく、本部町内のスーパーではけっして手に入らないものがたくさんあった。
 それはそれで便利ではある。しかしすべて揃ってはいても、どうしてもほしいと思うものがない。言い方を変えるなら「ここでしか手に入らないもの」がない。

 多くの観光客が旅先に求めるものにはいろいろあるだろうけれど、わざわざ辺鄙なところに来てくれる方々が求める最たるものといえば、「ここならでは」があればこそのはず。
 そしてそれは、不便さを補って余りある魅力になっているに違いない。

 先日のローカル新聞に、お隣の瀬底島にヒルトン系列のホテル建設予定の記事が出ていた。海洋博記念公演のすぐそばには、巨大な屏風のように海辺に聳え立つ豪華ホテルも近年オープンしている。
 それらのホテルはまた多くのお客さんを呼ぶことになるのだろう。地元の「雇用」にとってもいい話かもしれない。

 しかしはたしてそれは、これまでずっとこの地域にお越しくださっていたみなさんが求めるものなのだろうか。

 海外からの観光客増加にともない、目まぐるしく変わっていく沖縄の観光産業。水納島も少なからずその影響を受けてはいる。
 それでもこれまで同様にお越しくださるゲストのみなさんには、笑顔で島時間を過ごしていただけるような、そんな「ここならでは」がたくさんある島であり続けたいと願っている。
 
 たとえ低空飛行でも、その針路はけっしてブレない当店なのである。なんちゃって。