写真・文/植田正恵

184.平べったい島の避難場所

月刊アクアネット2018年9月号

 関東大震災があった9月1日が防災の日と定められているため、その頃には全国的に防災訓練が行われる。
 水納島でも毎年秋になると学校行事の一環で、本部消防署職員指導のもと、島民参加の避難訓練が催される。

 昨年参加した避難訓練では、火事と津波が想定されていた。
 火災の際には初期消火が重要であり、消火器を使ってどのように火に向かい、消火するかを実際に体験した。

 今さら言うまでもなく島には消防署がないので、消火器では間に合わないほど火が大きくなってしまったら、島内に1台常備してあるエンジン式の消火ポンプを作動させ、島民自ら消防士並みの活躍をしなければならない。
 ポンプのエンジンのかけ方や、消火栓との接続、放水など、これまた実技を伴った訓練を行った。

  火災の次は津波だ。
 なにしろ平べったい水納島、最も高いところでも標高17mほどしかない。
 では巨大な津波が来たときはどこに避難すればいいのか?

 それは学校の屋上だ。
 そこへ避難するためには、かつては学校内部からしか行けなかったのだけど、昨今流行の防災事業にはすぐに予算がつくからか、校庭からそのまま屋上に登れる非常階段が設置された。

 防災訓練では、地震発生から15分以内にその階段を登って島民が屋上に避難する。
 学校の屋上はそれなりに広く、全島民が集まったとしてもせいぜい30人前後だから、スペースには余裕がある。
 しかし高齢者にとって階段を屋上まで登るのはたいそう負担で、おばあにいたっては中ほどの踊り場で断念したり、そもそも登るのを辞退したりと、いまひとつ避難訓練になっていなかったりもする。

 東日本大震災後、もしもの場合に備え、高所への避難指示込みの海抜表示が島内随所に掲げられるようになった。
 ところが、避難してくださいと書いてあるにもかかわらず、ではどこへ?という肝心なことを示す表示は島内のどこにも見当たらない。

 ホントにいざとなったときに島内を散策している観光客は、いったいどこに避難すればいいのか、レッドカラーの海抜表示にうろたえつつ右往左往することになるだろう。

 もっとも、ハイシーズンには毎日5〜600人もの日帰り海水浴客が押し寄せる小さな島のこと、そんなときに「いざ」という事態になってしまったら、とてもじゃないけれど全員を屋上に収容できるはずはない。

 ひょっとすると学校屋上は、島民だけのヒミツの避難場所なのかもしれない…。

  避難訓練が終わった後、おばあと津波について話した。
 大きな津波がきたら、学校の屋上でもダメってことはあるの?と問うおばあに、東日本大震災級の津波が来たら駄目でしょうね、と正直に答えた。

 そりゃ大変だと驚くおばあ。
 そのときは島中の人全員が一緒ですよ、と慰めにも何にもならないことを伝えると、おばあはなんだかホッとした顔をしていた。
 想定される大災害も、みんなで死ぬなら怖くない、ということのようだ。

  いつ来るやもしれない津波に備え、とんでもなく高い防潮堤を設ける計画が日本各地で実施されていると聞く。
 それまで身近だった海と人の暮らしが、大きく寸断されることだろう。

 水納島にも、巨大津波に備え、高さ10mの防潮堤で島をグルリと取り囲む、なんて話が持ち上がってくるかもしれない。
 けれど海とともに暮らしている人々ばかりだから、いざとなったら死ぬかもしれないけれど、海と隔絶された「安全保障」生活よりも、それまで楽しく生き切るほうがいい、という島民のほうがきっと多いに違いない。