●海と島の雑貨屋さん●

ゆんたく!島暮らし

写真・文/植田正恵

186回.真のキャッシュレス社会

月刊アクアネット2018年11月号

 水納島のように海以外に何もない小さな島の観光業は、冬になるととっても暇になる。

 それはシーズン中に雑貨屋さんを訪れるお客さんたちのほとんどがご存知のようで、お客さんから「冬の間は何をしているの?」という質問を受けることがけっこう多い。

 ほんのひととき接するだけの初対面の方に、我々の冬の暮らしのディテールを語ってもしょうがないので、そのつど「晴耕雨読の生活です」と簡潔に答えることにしている。

 すると中高年は特に、「いいですねぇ…」とうらやましそうにつぶやく。

 でも「晴耕雨読」というと聞こえはいいかもしれないけれど、その間ほぼほぼ無収入になるわけで、約半年間のシーズン中の稼ぎで1年間を暮らさなければならないという、実のところは火の車が2輪並んだ自転車操業である。

 今年のように台風の発生数が多くなると、その分連絡船の欠航もやたらと多くなり、必然的に島内の民宿も、海の家も、そして我々も、例年に比べると獲らぬ狸の皮算用的幻の売り上げばかりとなる。

 そういう場合に備えた貯えが潤沢にある…はずがないのはどこも似たり寄ったりのようで、フツーに考えるとこれでは来シーズンまで冬を乗り切れないかも…という事態でもある。

 ところがこれがどういうわけか、みなさんさほどの緊急事態にはならない。

 島で暮らしていると、お金がかかることがほとんどないからだ。

 そもそも冬の間は、島内でお金を使う場所といえば、いくつかあるジュースの自動販売機のみ。コンビニや外食ができる店があるわけじゃなし、財布を持ち歩く意味はまったくない。

 冬は野菜の季節だから、12月くらいからは必要な野菜のほとんどを自分の畑でまかなえるし、海の幸もおりにふれゲット可能となれば、エンゲル係数は相当下がることになる(酒代が大半を占めているかも…)。

 シャコガイは、熱帯から亜熱帯のサンゴ礁域の浅海に生息する。

 シャコガイの体内には褐虫藻が共生していて、その藻が光合成をして生み出す有機物を栄養分にしているため、日当たりのいい透明度の高い海でなければ生きてはいけない。

 同じく体内に褐虫藻を住まわせるサンゴと同様の生き方なので、サンゴ礁をひと泳ぎすれば、サンゴ同様日当たりのいいところにいるシャコガイを、苦も無く見つけることができるだろう。

 シャコガイにはいくつか種類があり、味にもそれなりに差があるけれど、いずれにしても居酒屋等でアジケー(シャコガイの沖縄方言)の刺身なんていったら、現地といえどもおいそれと口にできない高級メニューの部類に入ってしまう。

 ところが水納島のような離島だと、宿のご主人が自ら獲ってきたシャコガイを刺身で振る舞ってくれることもあれば、お客さんが自分で潮干狩りや素潜りで獲ってきたものを食べることもできる。

 当店でもスノーケリングのゲストを案内しているときに、シャコガイを1つ2つゲットしては、その昔船員さんに教えてもらった方法でお客様にふるまうこともある。

 もちろんその際には、本土ではまず食べられない貝で、沖縄でも結構値の張るものですよ、と一言添えて価値観を高めるのを忘れない。

 そうやってゲストにシャコガイをふるまうようになったきっかけは、旅先でのことだった。

 旅行中に立ち寄った居酒屋や鮨屋で、自分たちが沖縄からきていることを知った大将が、沖縄のシャコガイを一度食べてみたいんだよね…と遠い目をしつつ口を揃えて語るのだ。

 その道の方にとっては食材として相当気になるようで、どうやら私にとっての東北のホヤや、金沢のガスエビのように、彼らにとっての非日常的憧れの食べ物であるらしい。

 すでに島で暮らし始めて随分経ち、すでに個人的にはシャコガイなんていったら当たり前すぎ、有難みもなくなりかけていた頃にうかがったそんな各地の羨望の声が、シャコガイを見つめ直す大きなきっかけとなってくれたのだった。

 観てよし、食べてよし、飾ってよしの、南国情緒満載のシャコガイ。

 磯臭さに似た独特の風味があるため、好き嫌いがかなりはっきり分かれはするけれど、現地でしかいただけない食材であることだけはたしか。

 皆さんも機会があれば是非お試しください。