写真・文/植田正恵

207回.心の郷土料理
月刊アクアネット2020年8月号

 水納島は農業の島なので、島で人の暮らしが始まって以来、漁師を生業にしている家は一軒もない。

 でも今の不寛容社会とは違い、かつての沖縄には目の前の海から水産資源を得る住民の権利、いわば里山の入会権にも似たものが暗黙裡にあったから、漁師ではなくとも豊富な海の幸をふんだんに利用してきた歴史がある。

 そのため水産物を利用した家庭内伝統料理も、刺身、魚汁、マース煮、から揚げなどなど、獲れた魚に応じた定番メニューがいろいろある。

 昔はみなが集って飲む場合は各自肴を一品用意していたことが多かったから、そういった伝統的家庭料理を味わわせていただく機会にも恵まれていた。

 ただしレストランで客を饗するわけじゃなし、素材はすこぶるつきのジョートーでも、盛り付けその他ビジュアル的にはシンプルイズザベスト。

 刺身はつまも何も無しでとにかく大皿に山盛り、醤油にわさびをあらかじめ溶いたものをぶっかけて出すのがスタンダードだし、魚汁は大量の魚を鍋に入れ、味噌を入れれば出来上がり。

 マース煮ときたら手ごろな大きさの白身魚を丸ごと塩と出汁で煮るだけで、初めて目にしたときには「まだ調理の途中じゃないの??」と思ってしまったほどのシンプルさだ。

 から揚げは小ぶりな魚に塩をして、丸ごと素揚げにするだけ。

 どれもこれも超シンプルなのに、これがまたたいそう美味しい。

 シンプルかつダイナミックな料理の美味しさは、素材がいかに美味しいかということの裏返しでもある。とはいえ、昔のようにモノが手に入らない時代じゃあるまいし、毎度毎度同じ調理だと、いかに素材が素晴らしくともやはりちょっぴり飽きてくる。

 その点、昔遠洋漁業で世界の海を股にかけていたこともある連絡船の船員さんは魚の美味しい食べ方のデパートのような方で、プライベートで飲む時などに披露してくれた数々の「必殺技」は、お馴染みの素材に新たな世界を開いてくれた。

  ただし海の男よマドロスよ、盛り付けやビジュアルはやはりシンプル&ダイナミック。そこで私はもう一工夫し、ビジュアル方面にも気を配ってみることにした。

 かつて毎年開催されていた水納小中学校の学習発表会では、夜の「反省会」のために各家庭から一品料理を提供する「展示コーナー」もあって、そこで先生方が料理の作者名を添えてくれているのに加え、せっかくだからと私はメニュー名も書き添えてみた。

 すなわち、“水納島産島タコのカルパッチョ自家製野菜とともに”とか“自家製ベーコンとバジルを使ったショートパスタのジェノバ風”または“水納島産サザエとアスパラと島ニンニクのアヒージョのカナッペ”などなど。

 なんだか気取っている感満載ながら、振り向けば地中海…てな感じでしょ?

 幸い島の方々には、味はもちろんのこと「お店で食べる料理みたい!」と大変ご好評をいただいていて、毎回早い段階で完食御礼状態だったから作り手としては鼻高々ではあった。

 けれどもそういった料理はたまに食べるからこそ引き立つもの。やはり普段の食事に伝統料理は欠かせない。

 同じような料理であっても、作り手、魚の種類でずいぶんと味が違い、皆それぞれ蘊蓄や好みがある家庭料理、夕刻になって家々から魚を揚げる匂いが漂ってくると、ついフラフラと誘われてしまいそうになる。

 よそ行き料理もたまにはいいけれど、定番料理はふるさとの味、家庭の味。ビジュアルは普段着でも、だからこそ地元の料理は心の郷土料理なのである。