写真・文/植田正恵

25.シンメーナービー
月刊アクアネット2005年6月号

 沖縄で大学生活を送っていたとき、私はダイビングクラブに所属していた。
 そのクラブの新入生歓迎合宿は、海辺でのキャンプである。何の設備もない海辺で自分たちで食事を作らなければならなかった。自然、鍋に材料をぶっこむだけの料理になるのだが、なにせ海で泳ぎまくっておなかが空いている数十人もの連中である。その胃袋を満たす量を作る鍋なんていったいどこで用意するというのだろう?

 ところが私の心配をよそに、鍋はいともたやすく用意されていた。
 部員である地元沖縄出身の先輩の家から借りてきた、ということだった。
 いったいぜんたい、そんな巨大な鍋をなんで持っているの??
 入学したばかりの私は不思議でならなかった。それが実はシンメーナービーというもので、沖縄の家、特に田舎に行けば一家に一つは必ずあるものである、ということを知ったのは随分あとのことだ。

 シンメーとは40人前のことだと誰かがまことしやかに言っていた。だからもっと大きいのはグンメー(50人前)ナービー(鍋)と言うのだという。
 なるほど納得…
 ……しかけたものの、よくよく調べてみると、シンメーとは4枚、つまり鍋を形作る鋼材の枚数を数えているわけである。
 ま、たしかに40人前といわれても納得できる大きさではある。いずれにしても鍋に大小の差はあって正式には呼び名は異なるものの、写真のような形をした大きな鍋のことを一般的にシンメーナービーと呼んでいる。

 これまでたびたびこの稿で触れてきたように、水納島では冠婚葬祭などで大勢が集まることが多いのだが、その度にこのシンメーナービーが活躍している。中身はヒージャー汁(山羊の煮込み)だったり、魚汁(魚の味噌汁)だったり、イカの墨汁だったりいろいろだ。
 また、海に行ってサザエやタコやその他もろもろをたくさん獲ってきたとき、いったん湯がく際に使われることも多い。
そんなときは防風林のモクマオウの薪で湯がくのが水納島流である。薪のにおいと魚介類のにおいが混じった煙が各家庭から立ち昇り、そばを通りかかるとなんとも言えないしみじみとした食欲をそそられる。

 これは是非我が家にも1つほしい……。
 そう切望し続け、アヒルを飼い始めた数年前に、ようやく手に入れて私は悦にいっていた。とはいえ実際には、二人家族でその鍋いっぱいに何かを作ると一週間ぐらい食べ続けなければならないので、結局アヒルをつぶすときとサザエを大量に獲ったあとに茹でるときのみの活躍に甘んじてもらっている。

 50年くらい前は、豚の餌の芋をふかしたり、味噌を作るための大豆をふかすためにこの鍋は当たり前に使われていたらしい。けれど最近ではそんなことをする家庭もなくなり、たまの寄り合いのときなどに使われる程度である。
 そういえば私が買ったときも、街中のホームセンターには一つもなく、普段は商品が少なくて物足りない田舎の店舗では大型鍋に限って品揃えが豊富だった。街中で煮炊きするのは難しいということなのだろう。

 だんだん地方が普通の郊外と化していく沖縄である。この鍋もやがて博物館や骨董品屋などでしか見られなくなってしまうのではないだろうか。文明の利器的便利なものも悪くはないけれど、薪拾いから始まるシンメーナービーでゆっくり料理というのは、ある意味田舎ならではのゼイタクな楽しみなのかもしれない…。