写真・文/植田正恵

52.肌で感じる生態学
月刊アクアネット2007年9月号

 生態学や生態系という言葉は今でこそ当たり前のように耳にするようになったけれど、その概念がまだ目新しかった頃に、私は琉球大学の生物学科生態学研究室の学生として過ごしていた。

 生き物それぞれがかかわりを持って生活している様子や、あるひとつの生物学的現象が何個体、何種類もの生き物に必ず影響を与えているといったことに私は興味を抱いていた。
 そういった生物学的専門用語になると、人間はまったくそこに関与していないと思われがちだが、我々人間もけっして無関係ではない。
 私たちの暮らしもひとつの生態系のなかで大きな影響を与える存在になっているのだ。

 水納島に暮らして12年余り、その間に島を取り巻く環境には様々な変化があった。

 そのなかでも海辺の変化が最たるものだろう。こんな辺鄙な田舎であっても、地方の箱モノ行政のかっこうの餌食となり、ビーチ周辺には本来島民が望んでもいなかった様々な人工構造物が造られた。

 そのせいで砂浜の形状を自然が維持できなくなり、構造物で囲まれたビーチの波打ち際は水が淀むようになってしまった。

 一見しただけだとこれぞ沖縄という美しさながら、そこに住む生き物たちに与えた影響は計り知れない。
 水が淀むと当然のごとく水中の酸素の供給量が減り、砂底ともなるとまったく酸素が行き渡らなくなる。そのため、それまでは多くの生き物の活動によって美しく保たれていたビーチの砂底は、容易にヘドロが堆積するようになった。

 以前は波打ち際で普通に見られたスナホリガニは、今ではほとんど見られない。
 島の子供たちとともに、波と戯れながらスナホリガニを捕まえたことが、二度と味わえない懐かしい思い出になってしまった。

 観光地としての賑わいが生き物たちに悪影響を及ぼすこともある。

 春に渡ってきて島で子育てをし、秋にまたオーストラリア方面に帰っていくアジサシという鳥がいる。カモメをふた周り小さくしたような海鳥で、夏の海辺の風景には欠かせない鳥でもある。

 私が引っ越してきた当初は数百羽ほどもいて、島の周りの岩場で数多くのペアが営巣していた。

 ところが今ではせいぜい数十羽しか見られない。

 アジサシが主な餌としているキビナゴが著しく減少したという印象はないので、その他に原因があるはずだ。

 水納島に来るマリンスポーツの業者が増え、マリンジエットが頻繁に島周辺を走り回るようになったということもけっして無関係ではないだろう。
 子育てという過敏な時期に、爆音を轟かせるマリンジェットがひっきりなしにやってきたら、鳥でなくとも子育てどころではない。

 このように、水納島ほどの小さな島でも人間の活動が生き物に影響を及ぼしていると思われる例を挙げると枚挙に暇がないほどで、きちんと長い時間をかけ、理にかなった方法で調べれば、たった1年余で仕上げた私の卒論など子供騙しに思えるほどに、きっと面白い生態学の研究になるに違いない。

 これは同じ場所で12年以上見続けてきたから言えることでもある。
 もともとの島民であれば、50年、いやそれ以上見続けてきた人もいるはずだから「肌で感じる生態学」があるはずだ。

 それらを折に触れ聞いておき、出来ることなら記録に残していきたいと思う今日この頃である。