写真・文/植田正恵

69.宝物でいっぱいの小島
月刊アクアネット2009年2月号

 

 小・中学生の頃の私は、自慢じゃないけどなかなかイケていて、成績も運動も、その他背の順を除くすべての分野で、学年でかなり上位に位置していた。
 そのため両親の反対を押し切り、片道1時間半もかかる進学校に入学した。しかしそこには、勉強も運動もその他芸術も“できる”人間が、当然のようにゴロゴロしていたのだった。
 そのとき私は初めて、学校で習った「井の中の蛙 大海を知らず」という言葉を実感した。

 水納島に引っ越してきた頃のおじいたちはまだまだ元気一杯で、毎晩のようになにかと理由を見つけては、飲み会が繰り広げられていた。
 もともと人との会話が娯楽であるところにもの珍しさも手伝って、そんなときは我々夫婦にも必ず声がかかった。もちろん「若手」同士の飲み会も今では比べ物にならないくらいにしょっちゅうあって、越してきたばかりにもかかわらず、おかげで島暮らしは楽しくスタートが切れた。

 歴史ある「田舎」に越してくると、都会で生活している場合と比べてものすごく閉鎖的社会のように思われがちだ。たしかにその場所ならではの不文律というものがあり、それに順応できない人々にはそれが「閉鎖的」と感じられるかもしれない。でも郷に入れば郷に従えと昔から言われているとおり、その地で生きていくうえでのルールなのだから、わざわざ越してきてそれに異を唱えるのはいかがなものかと思う。

 水納島のように小さな島なら、なおのことそういう部分が色濃く出てくる…かと思いきや、それが思いのほかそうでもない。もちろん共同作業があるときには顔を出したほうがいい、といったようなことはあるものの、理不尽なまでに事細かに地域のルールを強制されたりすることはまずない。
 これはやはり観光地ならではの開明的な部分なのかなぁとも思ったのだが、それよりもなによりも、おじいも含め、島の人たちのなかには島を出て本島はおろか本土で働いていた人たちが、かなりの割合でいるってことが大きいような気がする。
 外に出て自分たちの慣例とはちょっと違う「世間一般」を知った人が多いわけである。一度ならず「井戸」から飛び出たことがある人が多いのだ。

 水納島に住んで14年、すでになにが一般的でなにがこの土地ならではのスタイルなのか、実にあやふやになってしまった我々だけれど、こんなに居心地のよいところはないと常々思ってはいる。そのせいか、はじめのうちは様々なギャップに驚いたり、感動したり、困ったり、緊張感もあったのに、今ではすっかり弛緩してしまい、ヘタをすると世間一般から見た「良さ」を見失ったり忘れてしまったり、逆に悪いところも見えなくなっているかもしれない。「井の中の蛙」にならないよう、たまには外から水納島を見なくてはならない。

 写真は本部半島にある山に登って水納島を見たものである。そのとき私は本気で「あの小さな島に人が住んでいるの?」と、あらためて思ってしまったのだった。ある意味、宇宙船から初めて青い地球を見た宇宙飛行士の思いに似ているのかもしれない。

 もっと違う世界に出て行けば、小さな島の中には実は宝物がたくさん詰まっているということにさらに気づくことだろう。この小さな島を巣立っていった多くの子供たちにも、どこかで一度そんな思いを抱いてから、いつの日か島に帰ってきて欲しいと願っている。