水納島の野鳥たち

ジョウビタキ

全長 14cmほど

 今でこそシーズンオフになるたびに様々な冬鳥たちが水納島にやってくることを知っているけれど、島に越してきたばかりの頃は夏の水納島しか知らなかったし、興味の対象としても冬鳥のことなどまったく頭になかった。

 そんな我々の冬鳥への興味をかきたててくれたのが、ほかでもないこのジョウビタキだ。

 越してきて間もない頃から、旧我が家の庭先の常連だったのだ。

 当時姿を現してくれたのはメスだった。

 こんなに小さく可愛い鳥さんが、はるばる海を越えて沖縄まで渡って来るのだなぁ…

 …ということを、ジョウビタキが身をもって我々に教えてくれたのだった。

 ヒタキと名がつく鳥さんたちに限らず、島で観られる冬鳥たちのなかで最も人の暮らしの傍を生活圏にするジョウビタキのこと、最初に姿を現してくれたメスは、旧我が家の庭先をテリトリーにしていたから、いつでもすぐそこにいてくれたものだった。

 昆虫が好物なので、庭仕事をしているとイソヒヨドリ同様すぐそばで様子を伺っていて、お目当ての虫をゲットしてはまた様子を伺うポジションに戻るジョウビタキのメス。

 かつてのマサエ農園でも、オタマサが畑仕事をしていると、傍らでいつもチョン…と止まって作業を見守っていたようだ。

 いつも傍にいるものだから、オタマサなどはいつの間にか「リルフィー」と名付けていたほど。

 当時の水納島にいったいどれくらいの数のジョウビタキが飛来していたのか、数の記憶はまったくないものの、けっして多くはなかったし、不思議なことに初認識から随分経っても出会うのは決まってメスで、オスとの初遭遇はずっと後年のことになる。

 特にオスは、普段は↑このようにシュッとスマートな状態でいることが多いけれど、羽毛をぷっくり膨らませるとキャラ変する。

 オスとメスはまったく別の鳥かと見紛うほどに全然色味が異なり、オスはクッキリハッキリした色模様だから遠目にもよく目立つので、他と見間違うことはまずない。

 それでもなかなか会えなかったのだから、やはり越してきたばかりの頃の水納島にはオスはいなかったに違いない。

 オスと毎冬コンスタントに会えるようになったのは、2010年以降のことだ。

 毎年同じ子たちが同じようにやって来るのか、それとも年ごとに飛来してくる個体が違うのかは不明ながら、その年飛来してきてしばらくは、けっこう警戒心が強い。

 その後しばらくするとだんだん慣れてくるのか、それともオタマサの様子を見て「コイツになら(頭脳戦で)勝てる」と自信を持つのか、やがて庭先に姿を見せるようになってくる。

 現我が家に越してからも冬場は庭先の常連で、芝生の上でエサを探していたこともあった。

 これまでのところ、2017年~2018年の冬場にいたこのオスが最もフレンドリーで、冒頭の写真のようにガーデンテーブルにチョコンと乗っていることもしょっちゅうだった。

 最近は我が家の裏の家を縄張りにすることが多く、我が家との間の未舗装路も餌場にしている。

 すぐ裏にいるものだから、姿を見かけるだけではなく、地鳴きの声もよく聴こえる。

 繁殖期を迎えるわけではないからオスが囀ることはないものの、己の存在を主張するためか地鳴きはよく発しているジョウビタキ。

 当初はそれがジョウビタキの声だとはまったくわからなかったくらい、見た目のイメージとは全然異なる声で鳴く。

 キッ…キッ…という高音と、カッ…カッ…という、オタマサに言わせると貝殻を叩いているような打撃音の組み合わせが特徴だ。

 ちなみにこの打撃音部分の音が、その昔火を焚く際に使われていた火打石を打つ音に似ていることから、「火焚き」、すなわちヒタキの名がついたのだそうな。

 ということはすなわち、ジョウビタキは世に数いる〇〇ビタキと呼ばれる鳥さんたちの和名的ご本家ということか…。

 そういえば以前、この火打石のような音の鳴き真似をするとたちまち飛んでくるジョウビタキが京都御所に居た、とがんばるオジサンさんが教えてくださったことがある。

 やはりオスメスを問わずナワバリの主張のための声なのだろう。

 そんな地鳴きの声がすぐ近くから聴こえ、庭を縄張りにするほどにフレンドリーになるかと思えば、翌2018年~2019年の冬場には、晩秋と早春にチラ…と姿を見たきりで、冬の間はまったくジョウビタキの姿を目にすることができなかった。

 いったい彼らに何があったのだろう。

 というか、そもそも夏の間の彼らは、地球のどのあたりで暮らしているのだろう?

 調べてみたところ、夏季のジョウビタキたちは、チベットから中国東北部、沿海州、バイカル湖周辺で過ごし、そこで繁殖しているという。

 水納島でオタマサと戯れているジョウビタキは、ひょっとしたら夏の間バイカルアザラシと戯れているのかも…。

 日本本土でもジョウビタキは「冬鳥」で、冬場に渡ってくるものだったのだけど、近年はどういうわけか日本国内に留まって夏場に繁殖しているものたちが増加しているそうな。

 冬場には日本や中国南部、そしてインドシナ半島北部まで渡っていたジョウビタキたちとしては、日本で繁殖できるんだったらなにもわざわざ遠い距離を往復しなくてもいいんじゃね?ってところなのだろうか。

 その後の水納島ではまた以前のように、多くもなく少なくもないという程度の出会う機会が復活してきたジョウビタキたちに、2022年の春には異常事態が発生した。

 ジョウビタキの数がやたらと多いのだ。

 3月らしい春雨が上がった午後遅くに散歩していたところ、ほんの40分ほどの散歩で出会うジョウビタキの数が、まったくもって半端ではなかったのである。

 1羽2羽なら時を置いて同じ個体を別の場所で見ているだけということもあるだろうけど、なにしろ灯台方面の沿道で視野の中に4~5羽、そして井戸へと続く開けた未舗装路にも3~4羽、我が家の周りでも2~3羽。

 彼らがワタシをロックオンしてつきまとっているわけでもないかぎり、これはジョウビタキの数が異常に多いと考えてよく、オスメス合わせておそらく10羽以上はいたと思われる。

 冬場にはごくごくフツーの個体数だったのに、突如降って湧いた春のジョウビタキ祭り、春になって南方から北の国への途上、羽休めのために水納島で大集合したためだろうか。

 理由は不明ながら、前代未聞級に断トツの個人的観測史上最多記録だ。

 それくらい多いものだから、いつにも増して屋内に居ながら彼らの姿を観ることもできた。

 ツグミ科やヒタキ科の鳥さんたちは、チョコッと止まれる見張り台のようなポジションが大好きで、我が家の庭にも「いつも止まる場所」がいくつかある。

 そこにジョウビタキのメスの姿が見えた。

 地面からほんの少し高い見張り台に止まって周辺チェックをし、獲物の姿を確認すると地面に降りてゲット、そしてまた戻ってくる。

 そういうエサ場は通年常駐組のイソヒヨドリの縄張りでもあるので、ゴキゲンを損ねると追い払われたりすることもあるのだけれど、この日は同サイズの鳥が周辺をウロチョロしていた。

 ハイビスカスの枝間で両者は接近遭遇しつつ、この見張り台ポジションを入れ替わった鳥はというと…

 …ジョウビタキのオス。

 避寒先で冬を過ごしている間の彼らは、繁殖行動をとるわけではないから、「ペア」にはならないという。

 たしかにオスもメスも観続けてきたこれまでの間、両者が仲睦まじくしている様子は観たことがない。

 ところがこの時は小さな島で前代未聞断トツ最多記録の個体数だったため、はからずも四六時中オスとメスの居場所がかぶる、という事態になっていたのかもしれない。

 それとも、実は彼らは北の空へ旅立つ前に、夏を共に過ごすお相手を見つけるのだろうか。

 ハイビスカスの枝に止まっているオスの視線の先には…

 メスがいた。

 ん?

 この両者の位置だったら、オスとメスのツーショットを撮れるじゃないか!

 と気がついたものの時すでに遅く、カメラを向けたら…

 シャッターを押す前に、白円内にいたメスは飛び立ってしまった。

 マボロシの千載一遇。

 その年の春異様なまでに個体数が多かったのは、結局ほんの束の間に過ぎなかった。

 春の嵐に行く手を遮られたかなにかして、とりあえずこの島で羽を休めていたのだろう。

 ちなみにマボロシのツーショットの一連の画像はすべて室内から撮ったもの。

 こうして鳥だけをクローズアップするとなんとも浮世離れした部屋からの眺め…と勘違いされるかもしれないから慌てて付け足すと、このときもジョウビタキたちのその向こうではリョウセイさんが畑仕事をしていて、ときおり「ゴホッゴホッ…」と発する空咳が聞こえてくる、というリアルなゲンジツ風景もあったりする。

 この場にオスメスがいたのは、ひょっとするとリョウセイさんの野良仕事現場に間違いなく出てくるであろう、とっておきの御馳走目当てで集まっていただけかもしれない?

 今年(2023年)も晩秋になって、ジョウビタキのオスが庭先に姿を見せてくれた。

 今季もまた、ひと冬を島で暮らし続けてくれるだろうか。