水納島の野鳥たち

シロチドリ

全長 17cmほど

 ~♪ 渚に群れる 浜千鳥……

 これは、現在休校中の水納小中学校の校歌の2番の歌詞の出だし部分。

 浜千鳥(はまちどり)という和名は存在せず、これはチドリ類を総称した文学的名称だから、校歌の歌詞にはもってこいだったのだろう。

 水納島で観られる多くのチドリ類、シギ類もまた期間限定の冬鳥なんだけど、唯一といってもいい例外がこのシロチドリ。

 おそらく校歌で歌われている「渚に群れる浜千鳥」とは、このシロチドリのことと思われる。

 季節を問わず島にいるから、朝早い桟橋上や人けのない砂浜で、ピューッ……と高速歩行するシロチドリをご覧になった方も多いことだろう。

 朝方桟橋まで海の様子を観に行く際に、桟橋上を駆け回るシロチドリを観る機会が多い我々は、このシロチドリの高速歩行を「チドリング」と呼んでいる。

 島で観られるチドリ類シギ類のなかでは最もお馴染みの鳥ながら、シロチドリたちは少しでもヒトの気配を感じるとそのチドリングで逃げてしまうから、ズーム機能に優れたコンデジを手にするまではなかなか写真を撮れずにいた。

 それが光学40倍のズームレンズを装備したコンデジを散歩時にポッケに入れておけるようになったおかげで、彼らの心を煩わせることなどまったくないまま、愛らしいその姿を遠くから↓この程度には撮ることができるようになった。

 これは冬の北風が吹き荒れていた2月の寒い日のことで、シロチドリたちは寒さにジッと耐えながら浜辺に佇んでいた。

 片脚で立っていたのは、水気のある砂浜では足が冷たすぎたからだろうか。

 本土で観られるシロチドリたちは、冬になるとオスとメスがほとんど同じような色柄になるようなのだけど、暖かいからかなんなのか、水納島で観られるシロチドリは、真冬でも額に大五郎の髪型(芥子坊主)のようなオス印がある。

 一方メスはこういう感じ。

 なので、最初の写真の2羽は、オスとメスであることがわかる…

 …と言いつつ、今年(2023年)の年の瀬にビーチに15羽ほど集まっていたシロチドリたちを撮ってみたところ(画面外にも同じくらいいた)…

 …前述の見分け方を信じるなら、どの数羽を見てもほぼほぼオスだった。

 メスっぽい子も1~2羽いたとはいえ、雌雄の割合ってこんなに極端になるものなのだろうか。

 それを考えるとワタシの雌雄の区別は間違っているかもしれないので、けっして鵜呑みにはなさらないようご注意ください。

 通年観られるシロチドリながら、我々の仕事柄のんびり散歩をしながら彼らの姿を眺めることができるのは決まって冬場だから、夏場の彼らの様子はほとんど知らない(たとえヒマでも暑すぎて海岸を歩こうという気にならない…)。

 2021年には珍しく9月にシロチドリを撮ったのだけど…

 冬場に見かける姿となんら変わりは無かった(実はどこか違っているのか?)

 季節による色味の違いは不明ながら、気温によって見た目の体形がガラリと変わる。

 冬の寒い日に観ると、羽毛をぷっくり膨らませているのに対し、暖かいときはかなりスマートになるのだ。

 ぷっくりしている時より眼が大きく見えるし、オスもメスもまるで別の鳥のよう(どちらもシロチドリですよね?)。

 ぷっくり体形でいることが多い冬場は、北風が強い日に風が当たらない裏浜やカモメ岩の浜に行くと、そこでエサを探している様子を観ることができる。

 彼らは波打ち際の藻が流れ着いているような場所でエサを探す。

 でもそんなところを歩いていたら、ときおり寄せてくる波に浸かってしまうんじゃ?

 と思いながら観ていると……

 案の定太郎。

 慌ててスタコラサッサと逃げるシロチドリ(♀)なのだった。

 逃げるとはいっても、彼女的にはこの程度の波にさほどの脅威を感じているわけでもなさそうで、実にのどかなモノではある。

 ホントに波をかぶりそうになったら、もちろん飛んで逃げていく。

 いざとなれば飛んで逃げればいいのだから、シロチドリたちはいつものどかに暮らしている。

 ところが、そうやってのんびり浜辺にいたシロチドリが、ある鳥の声が上空から聴こえてきた途端、すかさず警戒態勢に入った。

 聴こえてきたのはサシバの声で、ピッ、クィーーーッ!という甲高い声が聴こえるやいなや上空警戒モードになり、サシバの姿を直上に認めると、サッと身を伏せた。

 完全に伏せの姿勢。

 伏せてしまえば、白い砂浜に転がる石ころ程度にしか見えず、さしものサシバの眼力でもそうやすやすとは見つけられないのだろう。

 毎日のどかに砂浜で遊んでいるように見えても、やはり日常的にサバイバル生活を過ごしているシロチドリなのである。

 サバイバル生活の日々ではあっても、島に通年暮らしているということは、もちろん子育てもしている。

 梅雨前くらいが繁殖期らしく、砂浜のグンバイヒルガオなど海岸植物が生えているあたりに巣を設け、卵を育てるようだ。

 ヒナが発作的にあらぬ方向へダッシュしてしまったからか、過去に一度だけ石畳の坂道で、小さなヒナに出会ったことがある。

 なんとまぁプリティベビー。

 最初はヒナだけだったからなぜこんなところにいるのかわからなかったのだけど、ちょっと離れたところに、心配そうにヒナを呼んでいる親鳥の姿があった。

 我々を警戒して、ヒナに近寄ることができずにいるのだろう。

 少し離れてみたところ、たちまちヒナと親は合流し、テケテケテケ…と浜に向かって坂道を駆け下りていった。

 無事親と合流できた様子を観て、歓声を上げるギャラリーたち(GW後の夕刻でわりとヒマなビーチスタッフ)。

 こういった小さな生命をみんなで見つめていらるだなんて、のどかで素敵な島だなぁ…。

 その後砂浜に達したシロチドリ親子は、ビーチはビーチで夕刻の作業をしているヒトの気配だらけだったため、慌ててグンバイヒルガオ方面に避難した。

 それを待合所から眺めていたタツヤさんは、かなり離れたところからにもかかわらずヒナの行く先を確認していて、その後桟橋に降りてきた我々に居場所を教えてくれた。

 とはいえ海岸植物が生い茂る地帯だから、そこに隠れ潜んでいるみたらし団子2玉程度のヒナヒナを見つけることなどできるはずもなし。

 その間、そばで心配げに眺めていた親鳥が、わざと砂浜で怪我したふりをして転んでいるように見せかけ、我々の注意を引いている。

 いわゆる擬傷行動である。

 卵やヒナを敵から守るべく、ケガをしているような動きをして、敵の注意を自らにひきつける行動だ。

 捕食者側にしてみれば、いわばケガケガ詐欺。

 ちなみに酔っ払いのおとっつぁんの「千鳥足」という言葉は、このチドリ類の擬傷行動中の動きに由来している。

 親鳥が心配そうに警戒音を発しているので、ここでもやはり遠目から見ることにしてみた。

 するとヒナの近くに親鳥が近寄り、さかんに呼び立て始めた。

 やがて海岸植物ゾーンから姿を現すヒナ(黒矢印の先)。

 そして砂浜に達するや、親鳥とともにテケテケテケ~~と駆けていった。

 繁殖時期がシーズン初めになるため、仕事柄シロチドリのヒナとの遭遇はかなわぬ望みと諦めていたところ、なんともヒョンなことから人生初のヒナヒナ。

 たとえていうならそのヨロコビは、ふと振り返ったところに巨大トンガリサカタザメが泳いでいた…ってくらいの、人生的ヨロコビのシーンなのだった。

 これほど日常的に会えるシロチドリながら、日本では絶滅危惧Ⅱ類(VU)に分類されている鳥でもある。

 絶滅危惧Ⅱ類(VU)とは、「絶滅の危機が増大している種のこと」だそうで、このカテゴリーに属している生き物たちの中には、シロチドリと同じように、フツーに観られるのになんで?と思わず首をかしげてしまうものも多く含まれている。

 それはすなわち、開発という名の破壊によって彼らの生息地がどんどん失われてきた結果、居るところには居るものの、その「居るところ」自体が消滅の危機にあるということなのだろう。

 今はまだ当たり前に観ることができる水納島のシロチドリ、このままずっと「当たり前」でいてくれることを祈ろう。