22・いつものところ 十刻
四万十市から高知市街までは、おおよそ2時間。 ただしそれには、高知自動車道に乗る必要がある。 行きは下の道をのんびり来たので、初の自動車道だ。 今のところ四万十市の手前、四万十町まで、しかも片側一車線とはいえ、高知西部へ行き来するにあたってはかなり大きな存在であることは間違いない……ってことは、行きと帰りの違いでよぉ〜くわかった。 今回2日半ほど高知県内をドライブしてみて、よくわかったことがある。 高知県内のドライバーって、みんなとってもマナーがいい!! 右折する際には必ず右に寄ってくれるし、ゆっくり走っている車はサッと左に寄って道を譲ってくれる。 その他いろいろ、当たり前っていえば当たり前のことながら。 後続車が通過できなくなることなどおかまいなしに、片側1車線のど真ん中に停まって右折しようとする車 …などなど、沖縄で普段日常的に接してる交通マナー事情を思えば、考えられない美しさだった。 片側一車線の自動車専用道路だと、事故でもあればたちまち大渋滞だろうなぁ…と思ったけれど、こんな道で事故ってしまうようなオロカモノは、ひょっとすると高知県内には一人もいないのかもしれない。
高知市街に帰り着いた頃には交通量が増える夕刻だったのに、みなさんの美しい運転マナーのおかげでスイスイとニコニコレンタカー北本町店まで帰り着くことができた。 車を返し、再びセブンデイズホテルプラスに戻って来た。 713号室、完全に我々の巣状態だ。 シャワーを浴びて人心地つけてから、高知最後の夜に繰り出した。 今宵のお店は、足摺テルメで休憩している時に予約しておいたこちら。
「いつものところ 十刻(ととき)」。 「いつものところ」から店名なので誤解なきよう……。 以前は別の場所に店舗を構えていたそうで、グリーンロードから入ったところにあるこちらの店舗は、元々は旅館だったそうな。 だからたたずまいもなにやら高級料亭風で、知らずに通りかかったらかなり敷居が高そうに見えることだろう。 でも中身は我々庶民のためのお店だということは知っていたから、安心して入店。 予約する際、金曜日だからさすがに多くの予約が入っていたようで、「カウンター席でよろしければ……」ということだった。 暖簾をくぐり、趣きのある引き戸をガラガラと開けて暖簾をくぐり、予約してある旨告げてカウンターに案内してもらう。 が、その前の廊下に置かれた水槽や水鉢にクギ付けになるオタマサ。 金魚が飼われていたのだ。 そういえば土佐金もご当地ペットだ!ということに気づいたのは現地に来てからのこと。 子供の頃に通った熱帯魚屋さんでフツーに目にしていた気がしなくもない土佐金ながら、ご当地高知で土佐金を観てみたい。 でも土佐金も土佐犬同様なかなか出会う機会が無いままこの日を迎えていた。 そんな土佐金が、お店の廊下の水鉢に!! 生まれて3ヶ月のチビチビだから、まだフナと変わらぬ色合いではあるけれど(色がつくまで3年かかるらしい)、高知県でついに土佐金と遭遇! 初っ端から異常な客ぶりを発揮する我々であった。 でも……どうやら大将、そんな客がツボみたい。 古民家ならぬ古旅館改装の店内は、それぞれ座敷席になっているのか、カウンターから賑わいぶりは見えはしないのだけど、お客さんの出入りを見ていると、地元客でにぎわっていることがよくわかる。 でも、不思議とカウンター席には他に誰もいなかった。 一人、二人で飲みに来る方が少ないんだろうか? それもあって、大将が我々に惜しみなくトークを繰り広げてくれるのだ。
といっても、おしゃべりなタクシーの運ちゃんのように、こちらの様子に関係なくめったやたらと話しかけてくるのではなく、例によって高知の方らしく、ひとつ訊ねると十のことを教えてもらえる、という塩梅。 そんな、空気を読みつつもお話し好きな、高知ラブな大将のおかげで、この店でのひとときはかなりディープになっていったのはいうまでもない。 そんな十刻さんでも、やはり生ビールで乾杯。
おお、本旅行記「たっすいがは、いかん!」の最後を飾る夜にふさわしく、本家「たっすいがは、いかん!」キリンラガービールの生!! 2つ並んだジョッキ、これは遠近感によるサイズ差ではない。 たまるか と、土佐言葉で表してある。 ということはこじゃんとやたまるかはそれ以上ってわけで、なんと「たまるか」は1000ミリリットルだ。 ビールで腹一杯になるわけにはいかないので、冷静に「こじゃんと」(800ミリリットル)をチョイス。 こういう旅情をくすぐるサイズ表記という細かい演出があるくらいだから、お通しからスパートがかかる。
マグロのユッケ!! そういえば、こっちに来てからマグロをちゃんと味わっていなかったような気が……。 ああ……旨い。 ボードに書かれた「今日のおすすめ」メニューに、ハガツオの文字が見えた。 ハガツオといえば。 迷わずオーダー。
大将曰く、量が少ないからブリも添えましたとのこと。 やっと出会えたハガツオは、プリプリのピカピカだ。
しかし我々の目は、添えてくれてあるブリのそばに見えるものに釘づけ状態に。 そう、それは………葉ニンニクのヌタ!!
「ブリはヌタにつけて食べてみてくださいね」 大将が教えてくれた。 なので、元来やる気系のブリにもピッタリマッチング。 緑の輝きを堪能しているところへ、やってきましたメインイベンター!!
モンズマガツオの塩タタキ! 冷凍ザ・カツオを否定するのはここ十刻さんも同様で、その時その季節の旨い魚ということなら、今日はこのモンズマガツオ。 添えてある小鉢は、柚子風味のタレだそうだ。
ああ………最高!! カツオを求めてやってきた今回の旅行、その食べ納めにふさわしい、その風格、風味。 ホントにもう……来てよかった、高知県。 食べ納めのつもりで頼んだのだけど、未練が残ってしまったので後刻もう一皿頼んでしまった……。
そうやって一皿出るごとにヨロコビ騒ぐ我々は、カウンターに他に誰もいないことをいいことに、その都度大将にお話を聞かせてもらってもいた。
清水サバの白子だって!! 清水サバは客に供しても、この白子はスタッフ専用、普段は「店長」という肩書の女将さん(?)のものになるそうで、いわばスペシャル級の裏メニューである。 ビジュアルですでに脳天直撃級の逸品、一口いただいてみると… 美味いッ!! こうなるともちろん生ビールを飲んでいる場合ではない。高知のお酒の時代に突入だ。 旨い肴を出す店に、旨い酒がないはずはない。 カウンターには、高知が誇る18の酒造所がひと目でわかるデコレーションがあった。
なんだかオシャレ。 こうしてあらためて見てみると、今回の5泊の滞在中、部屋飲み用に買ったモノも含めれば、味わってない酒造所を数えた方が早いことがわかってしまった(13対5で飲んだほうの勝ち)。 どうせなら全部制覇すればよかったか……。 あいにくここに至るまで何を飲んだか、この場で把握できていなかったため、君嶋屋では通販ゲットできないこと確実の南をまたお願いした。
オタマサは、亀泉のひやおろし。 教えるのが大好きな高知県民気質の大将のこと、カウンター席にいると大将が高知の酒についてもいろいろと教えてくれる。 そのくせ聞いているときは「覚えておかなきゃ…」ということのほうが多過ぎ、何を飲んだかも忘れてしまっている我々。 でも、覚えている話もいくつかあって、「南」が今の南になる前の話もそのひとつ。 ってことは、ワタシのような旅行者がレア度で南、南と言っているのは、まんまと酒造所の術中にハマっているってことですか?? 静かに頷く大将であった…。 レア度はともかく、土佐の酒は食中酒にバッチリなものが多いから、結局のところ何を飲んでも美味しい。 土佐の酒は旨い。 サービスで肴をいただいているだけでは申し訳ないので、メニューをチェックしてみると、「とんごろう鰯の素揚げ」なるものがあった。 とんごろうってなんだろう? 気になるのでオーダー。
あらら? と思ってしまったほど、見た目も味も、水納島の桟橋脇でサビキで釣れるハララーそっくり。 調べてみると、とんごろういわしとはトウゴロウイワシが本名だそうで、ハララーことヤクシマイワシよりもスマートなご親戚、といったところの魚だった。 ちなみに本家イワシはニシン目なのに対し、トウゴロウイワシやヤクシマイワシはトウゴロウイワシ目に属する。 さらにちなみに、やけどことハダカイワシはハダカイワシ目で、やはり「目」の段階で異なる魚だ。 初めて食べた魚ではあったものの、普段食べている味そっくりだったため、ヤケドほどの衝撃を味わうことはできなかった。 シメ代わりにとオタマサが頼んだのはこちら。
冷奴。 なにげに茗荷の産地としても有名な高知県、お豆腐にもちゃんと(妙に緑色の)茗荷が添えられてある。 豆腐ラブなオタマサによると、島豆腐と木綿豆腐の間くらいの硬めで、しっかり大豆の味がするしみじみ美味しい豆腐だという(ワタシはこのとき2度目のモンズマタタキに意識がトリップ……)。 我々はその目的上、オーダーする肴が「魚」に偏ってしまっているけれど、こちらの十刻さんもやはり、洒落た洋食メニューや麻婆豆腐や回鍋肉などの中華料理だっていくつもある。 そちら方面にも進出したいところではあるけれど、あいにく我々の胃袋は井之頭五郎のそれではない。 ゆっくり味わわせていただいた酒も肴もとびきりおいしかった十刻の夜、なによりのご馳走は大将と店長がお話してくださる高知の話だった。 なので頼んでいたのに撮り忘れている肴がけっこうあって、のれそれもそのひとつ。 さんざん食べ倒してきたのれそれの食べ納めだ。 こちら十刻さんでは、のれそれとポン酢を別皿で出してくださるので、浸かったままののれそれがジワジワとポン酢に浸食されていくことがなく、食べたいときにいつでも新鮮な状態でいただけた。 美味しくいただいたくせに写真を撮り忘れたのも、大将のトークのなせるワザ。 メニューを見ると、ちりめんじゃこの文字が。 「今日のちりめんじゃこは良くない」 と、これまた力強く明言。 大将を支える店長は長崎のご出身で、大学時代をこちらで過ごして以来ずっと高知にお住まいなのだとか。 琉球大学という選択肢がこの世に無ければ、ひょっとすると高知に進学していたかもしれないオタマサの、パラレルワールド人生かもしれない。 やっぱ他所からきたら、ハマりますよねぇ、店長。 ポジション的には「女将さん」なんだけど、大将と店長というコンビでいらっしゃるお2人である。 1次会がお開きになったらしきお客さんが徐々に席を立ち始め、業務的に余裕が出て来た店長もまじえ、いろいろとお話をきかせてもらっているうちに、デザートのサービスが。 これ。
土佐文旦! スイスアーミー・ウーマンなオタマサが手で剥いたモノとは違い、格好良くカットしたものがオシャレに皿に盛られて登場(撮るの忘れた!!)。 これが…… 同じ文旦?? と驚愕するほどにめちゃくちゃ美味しいッ!! 売られていた物の価格にピンからキリまであるのは、どうやら実自体の実力差だったようだ。 本気を出した文旦はとっても美味しい。< これは忘れなかった。 最後にデザートまでサービスしてもらって恐縮しきりのところ、お会計をお願いしてそろそろ席を立つと、奥から「これ持って帰って!」と持ってきてくださったのが……
KIRIN氷結 土佐文旦(期間限定)。 缶には「見本缶」とあったから、キリンの営業さんが店にもたらす品なのだろうけれど、ただの一見の客に手土産まで持たせてくれる店を、ワタシは他に知らない……。 ビールのメニューにギネスもありはしても、基本的に徹底してKIRINに特化しているこちら十刻さんには、あの伝説のキリンビール高知支店の方なのか、キリンビールの関係者もプライベートでお越しになるようだ。 この日も飲んでおられたその方の帰り際、大将が「キリンの営業マン」と紹介してくれた。 そこですかさず、「たっすいがは、いかん!」ですね!!とその方に言うと、 「私も、たっすいがは、いかん!からこのように…」 と言いながら、景気よく突き出たお腹をアピールするよう撫でさするキリンさんであった。 そんなこんなで、高知最後の夜もとっても楽しいひとときに。 最後に一緒に写っていただいた。
最初に一枚撮った後、次は別の顔でお願いします、というと、ちゃんと「別の顔」になってくださったお二人。 店を出ると、ご丁寧にもお2人とも表まで出てきてくれて、ご挨拶してくださった。 十刻という店名に冠されている「いつものところ」。 |