水納島の魚たち

レモンチョウチョウウオ

全長 10cm(写真は2cmほどの幼魚)

 今年(2023年)は奇跡の9月に続き、10月になっても結局ひとつも台風が来なかった。

 それでもさすがに季節は移ろっているから、10月ともなるとときどき北風が強い日もある。

 風は強くとも晴れている日には、カモメ岩の浜からエントリーしてリーフ内を潜り、パッチ状に広がるサンゴ群落を巡って各種豆チョウたちを楽しむのが近年の恒例だ。

 各種とはいってもよく目にする種類はだいたいいつも同じなんだけど、幼魚に出会うのは初めて、というケースもたまにある。

 ところが今年は、幼魚にもオトナにも出会ったことがないチョウチョウウオに、ついに遭遇してしまった。

 …オタマサが。

 ただし自らが撮った写真を深く考察することがあまりないオタマサは、これを見てアミチョウの幼魚と思い込んで終了してしまっていた。

 まるでスミツキトノサマダイから青い斑を取ってしまったかのようなこのチビターレは、オタマサによると海中でも黄色がかなり目立っていたという。

 目ざとくその黄色に気づき、見慣れない豆チョウだからと頑張って撮ったのはさすがながら、図鑑で調べてまでしてこれを「アミチョウ」と思い込むその考察力の無さがある意味スゴイ…。

 そんなスゴさがないワタシは写真を見せてもらってすぐにこれがアミチョウではないことはわかったものの、かといって誰の幼魚なのかまったく思い浮かばない。

 いったい誰だこれ?

 思い込みから解放され、もう一度図鑑を見ていたオタマサが行きついた正解は、なんとなんと…

 レモンチョウチョウウオ!

 レモンチョウチョウウオといったらアナタ、オトナも子供もまさに「幻」といっていいチョウチョウウオ。

 クラカケチョウツキチョウなど、沖縄の海では珍しくても行くところに行けば会えるものたちとは違い、このレモンチョウは(昔と状況が変わっていなければ)「地球のどこに行ってもレア」なのだ。

 ただしオトナはけっこうアミチョウに似ているために、リーフエッジなどでアミチョウのオトナに会うたびに「ひょっとしてレモンチョウでは?」と期待を込めて見るものの、残念ながらというか当然ながらというべきか、これまで一度として出会ったことがなかった。

 そんな「幻」のレモンチョウのチビターレを、それを見てアミチョウと思い込む節穴が発見するなんて…。

 この秋の豆チョウ祭りの主役の座に躍り出たレモンチョウチビターレ、このサイズなら、まだしばらくは同じところに居続けてくれているに違いない…

 …と期待して、2日後さっそく再訪してみた。

 すると…

 …いた♪

 実測すればおそらく100円玉ほどの、小さなレモンチョウチョウウオ。

 2日前はオタマサが撮った写真を見せてもらっただけだったから、ついにレモンチョウと人生初遭遇だ。

 100円玉サイズのわりにはけっこう行動範囲が広く、カメラを向けて近づくと右に左に逃げ回るレモンちゃん。

 チビターレ時代はサンゴに寄り添うタイプのようだから、もっと小さい頃は枝間に入ってしまってなかなか撮れないところだったろう。

 これくらいのサイズでも、逃げようと思えば枝間が広く空いている隙間に逃げ込んでしまうこともあるのだけれど、今季はいくらか勝手が違うようで、落ち着いて避難できる場所がなかなか見つからない。

 というのも、レモンチョウが行く先々で、そこをナワバリにするスズメダイ類に追い払われてしまうのだ。

 おとなしげに見えるネッタイスズメダイですら、同じ黄色が許せないのか、近づいてくるレモンチョウを果敢に追い払う。

 ネッタイスズメダイはガマンの限界になるのが15cmくらいの距離だからまだいいものの、アツクチスズメダイとなると30cmくらい離れていても許せないらしく、サンゴの枝間から発射されるミサイルのようにレモンチョウに突進して追い払う。

 しかもアツクチスズメダイは誰も彼もが同じように激しい闘魂の持ち主で、おまけに個体数がやたらと多い。

 そこへもってきて夏のZターン台風によるサンゴ群落の物理的崩壊のためか、残存健全サンゴにおけるアツクチスズメダイの密度まで高くなっているから、右往左往するチビレモンの行きどころなどどこにもない。

 スズメダイたちに追い払われながらも、ところどころでエサを啄んでいたチビレモンだから…

 逞しく成長して額のあたりに青い色が出てきた姿も観てみたいなぁと思いはするものの、この調子じゃこのチビレモンがここで暮らし続けるのはかなり厳しいかもしれない…。