●海と島の雑貨屋さん●

ゆんたく!島暮らし

写真・文/植田正恵

229回.モンパの木

月刊アクアネット2022年6月号

 その昔東京で勤めていたころ、遠い目をして読み漁っていたのが、椎名誠氏の著書(特に怪しい探検隊シリーズ)だ。

 ひと気のない海岸にテントを張り、日中は海で魚を獲り、夜は焚火を囲んで宴会という、私にとって非常に魅力的な、できることならばすべてを投げ打って参加したい!という生活が記されているのだから。

 その読書傾向の流れで彼のエッセイ集も読んでいて、その中の一冊が、「モンパの木の下で」というタイトルの本だった。

 モンパの木(と表記されることが多いけれど正しい和名は「モンパノキ」)はいわゆる海岸植物で、沖縄の自然海岸であればほぼどこでも観られる。水納島でも波打ち際ギリギリの、ちょっと小高くなって波にさらわれることがないあたりに普通に生えており、猛烈台風でやられない限り、1年じゅう青々とした葉を繫らせている。

 海岸の過酷な環境のためか樹高はそんなにないものの、それでも人間1人2人がその木陰に入ることはできるくらいに成長する。真夏の強い日差しの中、モンパの木陰に入るのはまさに天国。そよ風があれば、白い砂と青い海を堪能しつつ、最高の昼寝時間を過ごせること間違いなしの空間だ。

 都内で働いていた頃は椎名誠氏の著書でそのようなシーンに憧れていたものだから、水納島に引っ越してきたばかりの頃の私は、これが椎名誠絶賛のモンパの木だ!とその木陰に入ってシアワセに浸っていたものだった。

 ひときわ大きく育っているこのモンパノキの下は、私イチオシの昼寝どころだ。よく晴れた日に風に吹かれながら木陰で海を見渡していれば、どれほど不眠症で苦しんでいる方でも瞬く間に眠りにつくことができるだろう。少なくとも、ギッシリ密集して立ち並ぶパラソルだらけの海岸にいるよりも、10万倍は心地いい。この快感、リゾートホテルのプールでは味わえない。

 島暮らしも四半世紀を超えている現在、モンパの木の下に入って感動するということはさすがにないものの、海で揉まれたモンパの木の枝はなんとも言えない風貌になるので、加工しやすい味のある流木として日々の暮らしで利用している。海岸を少し歩けばそこかしこで拾えるくらい材料は豊富だから、いくらでも使いたい放題だ。

 少し前の沖縄では、加工のしやすさと手に入れやすさ、そして乾燥したときに変形しにくい特性から、モンパの木はミーカガンとよばれる水中ゴーグルの素材として利用されていた。私が学生だった80年代後半では釣具屋さんあたりでさえフツーに実用品として売られていたけれど、今ではシリコン製の水中マスクにとって代わられ、土産物屋以外ではすっかり見かけなくなってしまった。

 減っているのは製品だけではなく、モンパの木自体もジワリと減少していると思われる。自然海岸あってこそのモンパの木だから、狂乱土木バブルの沖縄では、その生息環境は年々減少しているといっていい。

 そうなるとモンパの木もどこでも見られるというものではなくなってくるのは当然で、ひょっとすると50年後には絶滅危惧種指定されているかもしれない。

 モンパの木陰で昼寝というのも、やがて古き良き時代の1コマになってしまうのだろうか。快適な昼寝をしたければどうぞホテルの部屋で!なんて時代もすぐそこまで来ているのかもしれない…。

 ほんの少し前までは当たり前にあったことが、気がつくといつの間にやら貴重なものに変わっている現代ニッポンのこと、海岸を歩けばそこらじゅうにあるモンパの木の下で昼寝ができる…ということがどれほどゼータクなことか、それが当たり前であるうちに気がついておかないと。

 水納島ではまだいくらでも実現可能だから、未体験の方は是非一度お試しあれ。「ヤドカリがたくさんいて気持ち悪い!」という方には向いていませんが…。