●海と島の雑貨屋さん●

ゆんたく!島暮らし

写真・文/植田正恵

246回.ニンブトゥカー

月刊アクアネット2023年11月号

 今のような立派な連絡船が無く、気軽に本島まで出掛けられなかった大昔の水納島では、飼っている豚を保存食し、野菜を作り、海で魚を獲るなどして食料の多くを自給していたという。

 そうはいっても夏場の野菜は種類が限られ、しかも台風が来たらひとたまりもないから、野菜の代わりに野草に頼ることも多かったそうだ。

 スイセンとニラを間違えて食べてしまうような現代ニッポン人にはまず無理だろうけれど、代々受け継がれてきた食べられる野草に関する知識は今なお健在で、ハマホウレンソウと島の人が呼んでいるツルナや、ノビル、菜の花、フーチバー(ニシヨモギ)、ハマダイコンにハマゴボウ、そしてハマウドなどなど、食材として利用できる野草が島のそこかしこに生えている。

 水納島は全島無農薬、そして除草剤などいっさい使用していないし、排出されている排ガスも微々たるものだから、今なおそれらの野草を安心して口にすることができるのだ。

 沖縄ブームと言われて久しく、うちなーぐち、すなわち沖縄方言にも詳しくなっている観光客が昔では考えられないほど増えているとはいえ、「ニンブトゥカー」と聞いてそれが何のことかお分かりになる方はそうそういないと思われる。

 ニンブトゥカーとは、マツバボタンに似た野草の一種スベリヒユの沖縄方言名だ。それほど知名度は高くないけれど、シーズン中忙しさにかまけて放置プレイになっている我が家の裏庭やプランターに毎年まるで栽培しているかのごとくわっさりと生えるので、名を知る前から私にはお馴染みの野草だった。

意外な実力者、ニンブトゥカーことスベリヒユ。写真は秋に摘んだものなのでタネができており、食材としては薹が立っているけれど、初夏前後には瑞々しく青々としていて、季節柄御浸しが抜群に美味しくなる。JAマーケットでは一束150円で販売されているのを目にしたほか、聞くところによると県外でも食材として栽培している地域もあるようだ。オメガ3脂肪酸を豊富に含んでいるということで健康志向の方々の注目も集めているスベリヒユ、まだマイナーな方言名「ニンブトゥカー」がメジャーになる日も近い?

 多肉植物のように乾燥に強く、繁殖力もまた強いためたちまち生い茂るから、秋になってそろそろ冬野菜の準備をしようと思う頃には庭のそこら中に生えていて、根元から引き抜いて放置しておいてもなかなか枯れないから、雑草という目で見ればけっこう厄介な存在になる。

 ところが数年前にニンブトゥカーがプランターにもっさり密生している様子をご覧になった島の方から、実はこの草は食べられるという耳寄りな話をうかがい、私のなかでニンブトゥカーはたちまち雑草から野草にランクアップした。

 そうはいっても実現する機会はなかなか訪れなかったのだけど、今年8月初めに4年ぶりに本格派ストロングタイプの台風が襲来した際にチャンスが訪れた。

 都合10日間に渡って連絡船が欠航した島内各家庭の冷蔵庫内はもちろんのこと、あまりに長期間に及んだ台風のために本島のスーパーでも未曽有の品不足となってしまったのだ。

 連絡船が復旧して久しぶりに本島まで買い物に出ても、大手スーパーでさえ満足に野菜ひとつ買えない非常事態である。

 これはニンブトゥカーを食べてみる絶好の機会ではないか。

 暴風を耐え抜いて生き残っていたプランターのニンブトゥカーをさっと茹でて御浸しにしてみたところ、他の野菜や野草では得られない味覚と食感で、独特のぬめりと酸味が酒の肴に最高!

 これまで雑草として大量に捨ててきたのが、今さらながらもったいない…。

 やがてはコオロギまで食べなきゃならなくなるかもしれない未曾有の食糧危機が目前に迫っている現在、こういった野草の知識がバカにならなくなる日が来るかもしれない。

 でも自分ファーストの方々ばかりの世の中のこと、皆が皆われ先にと野草を採集しだしたら、あっという間に根こそぎなくなってしまうのは想像に難くない。

 その点限界集落寸前の水納島なら、たとえ島民は絶滅しても、野草が滅びることはなさそうだ。