25・ぼてこ
連日3万歩越えはさすがに肉体を酷使しているらしい。 オタマサでさえこの日は疲労MAXだというのだから、ワタシなどすでに死んでいるに等しい。 これで我が家のようにシャワーだけなら復活は望めないところ、温泉パワーで夜の部のための充電はバッチリだ。 今宵は萩滞在ラストの日。 最後の日だから、それまでの2日間で知り得たここという店に再突入! …というフレキシブルな手を使いたかったところながら、この日はフライデーナイトでもある。 昨夜の十八番さんでも前日にして早くもこの日の満席確定ということがあったように、予約必至の人気店で金曜の晩にフラフラ訪ねて入れる可能性は低い。 なのでこの日の夜も、事前に予約しておいた。 ひとっ風呂浴びたあと、また綺麗に調えてくれてある布団(いつでも昼寝できるように万年床でお願いしていたんだけど、シーツその他をすべて新しくしてくれてある)で夕寝。 聴こえてくるのは菊ヶ浜の潮騒の音くらいのものなので、これがまぁ心地いいこと。 たとえオフシーズンのヒマな時期でも、ウトウトしていたら上空を米軍ヘリが飛んできたり誰かが来たりということがよくある普段の暮らしでは、なかなか味わえないゼータクなひととき。 1時間ほどして目覚めると、いい頃合いになっていた。 やはり同じ道、吉田町交差点方面を目指して歩き、たどり着いたお店はこちら。
ぼてこ。 あ、ここまでどの店でも外観が夜バージョンになってるのは毎回店を出てから撮っているためで、到着時の空はもっと明るい。 「ぼてこ」とは、こちらの言葉でカサゴのこと。 聞くところによると、カサゴ料理オシの店らしい。 生け簀料理もまたウリにしている店で、萩の魚は食べたいけど連日時化時化だったら……という危惧もあったから、とりあえず保険的に生け簀なら大丈夫かと。 ちょっとした旅館ほどもある大きな外観どおりきっとキャパもあるだろうから、金曜日の夜でも混み合いすぎて落ち着かないなんてこともなさそう。 地元の方々にも愛されているようだし、最後の夜はそういう店でゆっくり飲ませていただこう。 というわけで、まずはキリン一番搾り生で萩に乾杯!
3日間、破滅的な悪天候もなく、太陽も青空も拝ませてくれてありがとう、萩の神様。 すぐさま出てきたお通しは……
ほぐしたカニカマと錦糸卵的なモノが和えられたイカゲソ。 不思議的組み合わせながら、このゲソをオタマサは絶賛していた。 このゲソに表わされるように、特段アピールしているわけじゃないけど実は美味しい、そんな雰囲気の店っぽい。 もちろんファーストオーダーは刺し盛り。
サザエから時計回りに、皮付きの鯛、イカ、ヒラソ。 どこかで誰かがこのお店の刺し盛りのことを、 「刺身のメインストリームからちょいとはずれていて、マグロやハマチといった定番はない」 と評されていたのをみて、これはツボかも…と期待していた。 出てきた刺し盛りはやや定番気味かな…と思ったものの、よく考えたらサザエは我々にとって普段食いであっても、フツーは刺し盛り対象ではないよな…。 鯛も皮付きだし。 ヒラソは門司港と前日の昼夜で最上級を食べてしまっていたためフツーに感じてしまったものの、初めて食べていたらビックリマークをつけていたかも。 意外なのがイカで、予約時のリクエストどおり目の前にあるホワイトボードを見てみると、そこにはただ「イカ」としか書かれていない。 ところがこのイカ、オタマサによると今回の旅行中でいただいたイカ刺し系のなかでは一番美味しかったという。 萩の高級ブランド「けんさきイカ」は夏場のもので、この時期獲れるものといえばスルメイカ。 萩では品下がる感を表すために「鬼イカ」とも呼ばれるらしい。 けんさきイカと食べ比べればどうなるかはともかく、冬にいただくイカとして充分美味しいじゃないですか、鬼イカ。 そうそう、忘れちゃならないのが、サザエの殻に隠れていたため、撮る時には見えなかったサザエのキモ。 わざわざきれいに取り出してあって、ソッとサザエの蓋の上に載せてあったのだ。 そのあたりのものに目が無いオタマサが食していわく、 「苦み控えめで旨味倍増!」 生け簀でキープしてあるからキモの苦みが減るのだろうか。 これまた、皿の上でことさら主張しない隠れた美味しさ。 一方、刺し盛りとは別に、同時に注文していたものも登場。
ぼてこの姿造り♪ いや、特別カサゴ好きってわけじゃないけど、ぼてこって名の店に来ておいてスルーはないでしょう。 …あ。 そういえば昨冬も京都の宮津の名店富田屋でカサゴの姿造り食べたんだったっけ。 だったら今回は煮付けでもよかったか?? いやいや、やっぱり刺身で食べられるときに食べておかないと。 うれしいことに、これまたさりげなく目立たぬよう目立たぬように添えられているモノが。
カサゴの皮を湯引きしてあるもの。 こういう「もったいないプロジェクト」的に美味しいところを余さず出してくれるあたり、実に好感が持てる。 こうなるともう、酒は当然……
萩の地酒、純米酒 長陽福娘。 ホントは、これまで見たことがない=飲んだことがない萩の地酒をメニューの中に見つけたので、是非これを! …とお願いしたら、品切れ中なのだった。 メニューに無いのに出て来る門司の猿喰とは真逆……。 こちらでは300ミリリットルのボトルで出てくるので、何を飲んだか写真で振り返りたいものとしてはありがたい。 お造り系を堪能したあとは、そろそろ違う方面に突入。
まずはタレクチの天婦羅。 タレクチとはカタクチイワシのことらしい。要はミジュンの天婦羅のようなものか? 天つゆも出してくれていたけど、ここはやっぱり塩でしょう。塩を軽く盛ったところにチョイとつけていただく。 イワシと名はついているけれど、イワシのように魚油魚油してない感じでライトでありつつ、ミジュンよりも味がある気がする。 酒が進む進む。山口さんちのススム君。 もひとつ揚げ物。
しらすのかき揚げ。 出てきた途端にオタマサが思わず「でかッ!」と声を発したほどに巨大なかき揚げは、しらすの塩気が程よく、そのまま食べてもバッチリなほど。 緑の葉は春菊だろうか。 これまた山口さんちのススム君。 店内には多すぎず少なすぎずいい感じでお客さんが入っていて、わりと常連さんが多い雰囲気。 メニューを見ても特に観光観光しておらず、フツーの飲み屋メニューももちろん充実しているから、普段使いという感じでみなさん気楽に過ごしておられるようだ。 なのでそういった方々が何をオーダーされるか、耳をダンボにしていたところ、近くにいた年配カップルから、意外にもいかの塩辛という声が。 こういうお店で常連さんがわざわざ頼む一品が、美味しくないわけがない。 そこで、もともとそういった酒のアテ系に目が無いオタマサも、マネしてオーダー。
三木のり平が言葉巧みに何をどう語ろうとも、けっして桃屋のイカの塩辛ではマネできない手作りの味は、ちょっぴり塩分高めながらも長陽福娘に合うこと合うこと。 美味し。 ところで、目の前のホワイトボードには、土地の名前があるものはその名で書かれている。 すでに夜を過ごすのは3日目なので、ぼてこはカサゴ、ヒラソはヒラマサ、めいぼはカワハギ、金太郎はヒメジ……といった具合いに、見慣れぬ名前の正体はある程度わかるようになっている。 そんな聞きなれない見慣れない名前に「ベラゴ」というのもあって、別名平太郎ともいうらしい。 いずれにしてもわからなかったから、一昨日MARUのマスターにお聞きしたところ、ヒイラギだと教えてくれた。 その名が、ぼてこのホワイトボードメニューにもラインナップされていた。 が。
他のメニューは、名前のあとにそれをどう料理しているのか書かれてあるのに、ベラゴは潔くもあっさりと名前だけ。 オーダーしたいんだけど何が出てくるかわからないので、店のおねーさんに尋ねてみた。 すると…… 「ヒイラギです」 いや、それはわかってるんだけど…… ともかく頼んでしまえ! ほどなくして出てきたものは……
あ、干物を炙った系!! オトナになれば10センチちょいにはなるヒイラギながら、これは5センチほどのチビ。 きっと網に大量に獲れるのだろう。 調理方法をメニューに書かずに名前だけだったのは、ベラゴといえばこのようにして食べるのが当たり前だから、ってことだったのか、それとも平太郎をこのようにしたものをそもそも「ベラゴ」というのだろうか。 いやはや、これまた酒に合うこと。 ベラゴ君たちもススム君。 そうそう、先ほどお願いしたぼてこの姿造り、あらかた食べ尽くしたところで、おねーさんが 「アラを味噌汁にしましょうか?」 と言ってくれたので、二つ返事でお願いしてあったもの2杯登場(もちろん有料ではあります)。
白味噌っぽいこのアラ汁がまた、この時間にこのタイミングでなんともジワジワしみじみ染み渡る旨さ。 ウーム……むしろ刺身よりも美味いかも。 < だったらなおさら煮付けのほうがよかったのでは? それだとアラ汁は食べられなかったじゃないですか。 塩辛もあるし、味噌汁も来たしってことで、オタマサはご飯を一杯、そしてワタシは、ホワイトボードの「長崎五島うどん」にかなり誘惑されつつも、おにぎりをひとつお願いしてシメとする。 ところで、フロアで働いているおねーさんたちは、どこか日本語のイントネーションが違うなぁと思ったら、どうやらフィリピーナのおねーさんたちらしい(国籍は推測)。 こういうお土地柄的に当初は「え?」と思ったけど、日経のテレビCM「見えてきた?」シリーズのグローバル労働力編をちょくちょく観ていたワタシである。人材不足がますます深刻化していく今日、これもまた、日本が歩んでいるグローバル労働力の姿なのだということをすぐさま理解したのだった。 ちなみに、「アラを味噌汁にしましょうか?」と訊いてくれたのもそのおねーさんなのだから、こういった居酒屋のスタッフとして彼女たちがすでに申し分ない存在であることは間違いない。 ところで、お刺身系は賞味しきった感があったからついに食指を延ばさなかったものの中に、ひとつだけ最後まで気になっていたものがあった。
にし? にしって何?? なまこと並んで書かれているところからすると、得体のしれない系クリーチャーかもしれない。 お会計の際に女将さんに尋ねてみたところ、「こっちこっち」と手招きする。 行ってみると、女将さんは生け簀の中を指さしていた。 「あの貝です」
女将さんが指さす先には、サザエに混じって見慣れぬ巻貝の姿が。 そうか、ニシってのはタニシのニシで、貝って意味もあるのかも。 調べてみると、各地でニシと呼ばれている貝はもっぱらアカニシ貝のようなのだけど、この貝はちと違う。 さらに調べてみると、この会はどうやらテングニシという貝のようだ。 ウーム……これはこれで食ってみたかったなぁ。 ま、これくらいの未練を残していたほうがいいかも。 鮑など値の張るものもあるとはいえ、みなどれもオーダーしやすい価格設定だから安心して飲めたし、ぼてこの姿造りというゼータクをしてけっこう腹一杯食べたのに、びっくりするほど安かった。 なんともコスパに優れたお店、ぼてこ。 おかげさまで今宵も堪能させていただきました。 今回は昼も含め、海鮮系で4軒のお店を巡ってみたわけだけど、毎度のことながら散々食べて飲んだ後に思うことはただひとつ。 春や夏に来て、冬には無い旬のものを味わってみたい……。 となると君には会えないけどね。
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