2・海なし県の海

 一夜明けて快適な目覚め……になるはずはなかった。

 でもこれで前日昼間のカツカレーが無かったら、もっとひどいことになっていたかも。

 暖冬のおかげか覚悟していたほどの寒さはまったくなく、外に出るに際してまったくビビる必要がない。

 埼玉の実家に滞在中のマストといえば、オタマサのお母さんのお墓参り。
 そしてもちろん、てっちゃんグランドことカッパ公園グランドの視察である。

 知る人ぞ知る入間川河川敷のこの公園は、かつての旅行記で何度も触れたとおり、埼玉の父ちゃんが丹精込め続けているグランドだ。

 往年の地区住民のグランドも、誰も利用しない、維持しない期間が長くなり、すっかりさびれて草ぼうぼうの荒れ果てた原野になりかけていたところ、一念発起した父ちゃんが、何年も何年もかけて形にしてきたものである。

 当初は個人の趣味でしかなかったものが、その姿を見て名乗りを上げる有志の方々が少しずつ増えていき、気がつけば行政をも動かす活動に発展、先年は父ちゃんが入間市からその功績を表彰されたほどである。

 今では春には桜並木が満開に、夏にはヒマワリが咲き誇る立派な公園になっており、子供を連れて花見をする方、ウォーキングをする方、犬の散歩をする方などなど、土手沿いの道から通り抜けられることもあって、利用者も随分増えている。

 …ということもかつて触れた。

 今年は、さらに驚くべきことが。

 なんと現在は、都内の野球チームが週末ごとに、練習場としてグランドを利用しているというのだ。

 かつては各学校のグランドなども気安く借りることもできたろうに、この世知辛い世の中のこと、なかなかそうもいかないようで、チームはあるのに練習場が身近に無い、という野球チームが多いらしい。

 野球チームといってもおとッつぁん方が休日ごとにやっている草野球ではなく、れっきとしたリトルリーグの中学生たちである。

 NTTあたりの社会人野球でならした方々がコーチ陣となっている本格的な野球チームだそうで、定期的安定的に利用できる練習場が無くて困っていたところ、誰も利用していそうにないカッパ公園グランドがふと目に留まったのだとか。

 そこで父ちゃんを窓口に交渉成立、先方も驚くほどの破格の年間使用料契約が締結され、以後毎週末ごとに練習しに来ているという。

 おお、たしかに朝から野球の音が聴こえてくる。

 これは是非観に行ってみよう。

 グランドがある河川敷までは、オタマサ実家から歩いて1分ほどのところにある階段から降りていく。

 その階段の入り口の少し先に、個人的この冬一番の梅の木があった。

 超満開。

 相当な古木で、近づいてよく観ると幹のあちこちが洞状態になっており、よくもまぁこれでここまで満開にできるものだと思うくらいに頑張っていた。

 梅の香を楽しみつつ、階段を下りていく。

 すると……

 お、やってるやってる!

 昔は少し町を歩けばどこででも観られたものなのに、ひょっとすると今や絶滅危惧種かもしれない光景、少年たちが野球をするの図。

 まだウォーミングアップなのか、かわりばんこに遠投しあっている少年たちを見守りながら、焚火の管理に余念がない父兄…というかお母さま方。
 立川から来ているそうだから、送迎その他の手伝い仕事もあるのだろう。

 写真には写ってはいないけれど、左側にはケージ付きのバッティングマシーンも備え付けられており、バックネットあたりではコーチのみなさんが次の練習に供えた何かを準備されていた。

 本格的だ。

 グランドの周囲を歩きながら眺めていると、一つの練習が終わるたびに、子供たちがキチンとトンボでグランドを整備していた。

 硬式野球の試合をするにはいささか狭いグランドながら、こうして「ホームグラウンド」と呼べる場所があるシアワセを感じているのは、コーチ陣だけではないようだ。

 川のほうから練習風景を眺めていると、やがてグランドプロデューサー・父ちゃんが、ゆっくり階段を下りてくるのが見えた。

 「今日もやっとるね…」と言っているような雰囲気が遠目からでも漂っている。

 そしてもう一息で階段を降りきるというときのこと。

 それまで全体練習をしていた子供たち全員が、突如バットやグローブを地に置いたかと思うとサッと全員整列し、

 「ツキジさん、いつもお世話になってます!」

 と大音声の挨拶と同時に、父ちゃんに向かって一斉に一礼。

 それに向かってまぁまぁまぁ…という手つきで照れ笑いしつつ、階段をゆっくり降りてくる父ちゃん。

 か、かっこいい…………。

 仕様は異なれど、なんだかゴッドファーザーのようですらあった。

 オタマサなど、放っておいたら「ワタシが娘です!」と言いながら走り出しそうな危うさすらあったほどだ。

 「コーチの連中には毎度毎度は勘弁してくれって言ってんだけどよぉ…」といいつつも父ちゃん、まんざらでもなさそう。

 もちろんコーチ陣の教育のなせるワザではあろうけれど、あのタイミングであの動きで一斉に、ってのはなかなかできることじゃない。
 やっぱり少年たち、ホームグランドのシアワセを感じているに違いない。

 後刻父ちゃんからうかがったところによると、少子化+サッカー人気ということもあって、近年は「近隣」から子供たちを募集するにも限界があって、チームを解散してしまうケースも多いという。

 埼玉のこのあたりでも同様で、本格的に野球をするために、東京のチームに入団するしか選択肢がない子供たちも多いそうな。

 小山ひとつ越えるだけとはいえ、東京のチームがこうして埼玉まできて練習しているくらいだから、少年野球も大変なのである。

 そんな彼らから、毎度毎度の感謝の言葉。

 入間市の表彰どころではない「甲斐」というものだろう。

 いつものことなのだろうか、奥様連に混じって、勧められたコーヒーをご馳走になっていた父ちゃんは、彼岸花の移植作業を始めようとしていた。

 たしか数年前には「もうグランドでやることはなくなった」と嘯いていたような気がするんだけど、まだまだ作業は目白押しのようである。

 このあと若夫婦とともにお母様のお墓参りを済ませ、昼食ついでに買い物へ。

 一昨年の我々は、五島列島に出発する前に埼玉に寄っていた。

 その際にオタマサが受けたショックは、こちらに記してあるとおり。

 でもオタマサのこと、喉元過ぎれば熱さもショックも何もかも忘れているに違いない……

 …と思いきや、意外や意外、今回は何をさておいても前回ショックを受けたヤオコー鮮魚コーナーで思う存分大人買い!!

 と決めていたらしい。

 それを弟氏に伝えると、

 「だったらカクジョウのほうがいいよ」

 ん?

 カクジョウ?

 カクジョウってなんね?

 これだった。

 新潟県は寺泊の本店を含め、関東・上信越に20店舗以上を擁する角上魚類ホールディングスの海産物小売店、角上魚類。

 他は知らないけど所沢店はかなり大きく、駐車場も広い。
 祝日ということもあって、昼間から老若男女が引きも切らずやってくる。

 それもそのはず、越後の寺泊漁港に揚がった朝獲れの海産物が、昼前にはもう店頭にズラリと勢揃いしているのだ。

 メジャーな商品ももちろんたくさんあるけれど、昔なら現地でしかいただけなかったであろう各種シブい魚たちまでがラインナップされている。

 この流通の世の中は、海無し県埼玉に豊饒の海を現出させてしまったらしい…。

 五島で感じたような現地事情や地域とともに歩んできた街の鮮魚店のことなどを考えると、もろ手を挙げて万歳ばかりもしていられないような気もするけれど、しかしこれらの魚たちを前にしてテンションが上がらないはずはない。

 おかげでこの日の埼玉ツキジ家の晩餐は、↓こういうことになってしまった。

 このボリュームの皿が3つも4つも……。

 若夫婦には呆れられてしまったけれど、普段このようにバカみたいにてんこ盛りになることなどないだろうから、同じく魚好きの父ちゃん用アイキャッチとしては申し分ないご馳走に。

 それになにより、オタマサの2年越しの念願がこうしてかなったのであった。

 どれをとっても粒ぞろいながら、要注目は店頭でさばいてもらったクロムツだ。

 クロムツといえば、一昨年の五島旅行の際、居酒屋五松屋さんで我々を感動の坩堝に放り込んでくれた激ウマ魚である。
 ただしそのときの素材の関係か、当地では焼き魚でしかいただかなかった。

 それが角上の店頭では、「刺身用・焼き魚用」と書かれてあったから、迷わず刺身用におろしてもらった次第。

 はたしてお刺身のお味は…

 美味しッ!!

 一般的な白身ではない、かといってイケイケ系の赤身でもない、一見おとなしやかに思えるファーストタッチから、みるみるうちに口内に広がる旨味、深み。 

 ああ、また今宵も酒が進む……。

 しかし心配ご無用。

 こんなこともあろうかと、昼間若夫婦に連れて行ってもらったうどん屋さんの「まるい」では、しっかりディフェンシブキレンジャー。

 このカレーうどんがまた美味いんだわ。

 もちろんしっかり昼間から飲んでましたけど……。

 というわけで、前夜の反省は遠く3万光年彼方の銀河に消え、ただ前を見つめて歩くのみの我々は、今宵もやっぱりアリ、乾杯!

 明日はいよいよ「出発」だ。

 ああそれなのに。

 銀河の彼方に消え去ったはずの「反省」は、翌朝きっと、連続ワープで我が元へと帰ってくることだろう………。